・・・ いまこゝに、どんなに快い調子が繰り返されていても、如何にそれがある優しみの感じを人の心に与えても、その中に含まれている思想が依然として在来のものであったなら、私はそれを求むるところの詩という事が出来ない。極端に言えば、旧文化に安住して・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・かゝる一群の作家こそ、独り芸術の力の何たるかを解し、そして、童話こそは、詩的要素に富む、芸術でなければならぬと主張する輩です。 学校に於ける画一教育の長所と短所は、すでに世論によって明にされたるが如く、彼等の、社会的という言葉の意味・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・殊に、文芸の必要なるべきは、少年期の間であって、すでに成人に達すれば、娯楽として文芸を求むるにすぎません。しからざれば、趣味としてにとゞまります。世間に出るに及んで、生活の規矩を政治、経済に求むるが、むしろ当然だからです。 さらば、何故・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 小学校の教師も今日の経済組織の下に生活していては、それが職業化することは止むを得ぬ事であろう。とは云えあの子供たちの世話と云うものは決して愛がなくては出来るものではない。現在うみの親でさえ子供の世話には余程の困難を感ずるものである。こ・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・ やがてかすかに病人の唇が動いたと思うと、乾いた目を見開いて、何か求むるもののように瞳を動かすのであった。「水を上げましょうか?」とお光が耳元で訊ねると、病人はわずかに頷く。 で、水を含ますと、半死の新造は皺涸れた細い声をして、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・まあ、言うたら、止むに止まれん栄養上の必要や。それに普通の冷たやつやったら嘗めにくいけど行燈の奴は火イで温くめたアるによって、嘗めやすい。と、まあ、こんなわけだす。いまでも、栄養不良の者は肝油たらいうてやっぱり油飲むやおまへんか。それ考えた・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新聞記者になれるのだと喜んでいたのに、自転車であちこちの記者クラブへ原稿を取りに走るだけの芸だった。何のことはないまるで子供の使いで、社内でも、おい子供、原稿用紙だ、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ そしてまた、そうした八年間の実際の牢獄生活の中にも、彼はまだ生の光りを求むる心を失わずにいるかのようにも思える。そしてまた、彼はこのさきまだ何年くらい今の生活を続けなければならないのか――そのことは彼の手紙に書いてなかった。 四月・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・世間並からいうとその通りです、然しこの問は必ずしもその答を求むるが為めに発した問ではない。実にこの天地に於けるこの我ちょうものの如何にも不思議なることを痛感して自然に発したる心霊の叫である。この問その物が心霊の真面目なる声である。これを嘲る・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 先ずこのがやがやが一頻止むとお徳は急に何か思い出したように起て勝手口を出たが暫時して返って来て、妙に真面目な顔をして眼を円くして、「まア驚いた!」と低い声で言って、人々の顔をきょろきょろ見廻わした。人々も何事が起ったかとお徳の顔を・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫