・・・われわれも学生時代に課業のほか、寄宿舎の消灯後にも蝋燭をともして読書したものである。深い、一生涯を支配するような感激的印銘も多くそうした読書から得たのである。西田博士の『善の研究』などもそうして読んだ。とぼとぼと瞬く灯の下で活字を追っている・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・丘の下のあの窓には、灯がともっていた。人かげが、硝子戸の中で、ちらちら動いていた。 彼は歩きながら云ってみた。「ガーリヤ。」「ガーリヤ。」「ガーリヤ。」「あんたは、なんて生々しているんだろう。」 さて、それを、ロシア・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 婦は我らを一目見て直ちに鎌を捨て、蝋燭、鍵などを主人の尼より受け取り、いざ来玉えと先立ちて行く。後に従いて先に見たる窟の口に到れば、女先ず鎖を開き燭を点して、よく心し玉えなどいい捨てて入る。背をかがめ身を窄めでは入ること叶わざるまで口・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・先生は茶を入れて皆なを款待しながら、青田の時分に聞える非常に沢山な蛙の声、夕方に見える対岸の村落の灯の色などを語り聞かせた。 間もなく三人は先生一人をこの隠れ家に残して置いて、町の方へ帰って行った。学士がユックリユックリ歩くので他の二人・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 一たい厩の建物では、夜もけっして灯をつけないように、きびしくさし止めてありました。それで、ウイリイはいつでも窓をかたくしめておくのでしたが、それでもしまいには、だれかが、そこに灯がついているのを見つけて、厩頭の役人に言いつけました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・駅は田畑の真中に在って、三島の町の灯さえ見えず、どちらを見廻しても真暗闇、稲田を撫でる風の音がさやさや聞え、蛙の声も胸にしみて、私は全く途方にくれました。佐吉さんでも居なければ、私にはどうにも始末がつかなかったのです。汽車賃や何かで、姉から・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・夜は遅くまで灯の影が庭の樹立の間にかがやいた。 反響はかなりにあった。新時代の作物としてはもの足らないという評、自分でも予期していた評がかなり多かった。それに、青年の心理の描写がピタリと行っていない。こうも言われた。やはり自分で、すっか・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いて・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・や「街の灯」の浄瑠璃化も必ずしも不可能ではないであろう。こんな空想を帰路の電車の中で描いてみたのであった。 このはじめて見た文楽の人形芝居の第一印象を、近ごろ自分が興味を感じている映画芸術の分野に反映させることによってそこに多くの問題が・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 三吉があわてて電灯の灯の方へ顔をむけると、気のいい人の要慎なさで、白粉の匂いと一緒に顔をくっつけながら、「あなたは、それでいいんですか?」 といった。三吉はくらい方をむいたままうなずいた。すっかり夜になって、草すだれなどつるし・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫