・・・……私も可厭になってしまいましてね。とんとんと裏階子を駆下りるほど、要害に馴れていませんから、うろうろ気味で下りて来ると、はじめて、あなた、たった一人。」「だれか、人が。」「それが、あなた、こっちが極りの悪いほど、雪のように白い、後・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 対の蒲団を、とんとんと小形の長火鉢の内側へ直して、「さ、さ、貴女。」 と自分は退いて、「いざまず……これへ。」と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、脚気がある。夜あかしはし・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と給仕盆を鞠のように、とんとんと膝を揺って、「治兵衛坊主の家ですだよ。」「串戯ではない。紙屋で治兵衛は洒落ではないのか。」「何、人が皆そう言うでね。本当の名だか何だか知らないけど、治兵衛坊主で直きと分るよ。旦那さん、知って・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ しばらくしてはしご段をとんとんおりたものがあるので、下座敷からちょッと顔を出すと、吉弥が便所にはいるうしろ姿が見えた。 誰れにでもああだろうと思うと、今さらのようにあの粗い肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がす・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・出ようとする間ぎわに、藤さんはとんとんと離れへはいって行って、急いで一と筆さらさらと書く。母家で藤さんと呼ぶ。はいと言い言い、あらあらかしくと書きおさめて、硯の蓋を重しに置いて出て行く。――自分が藤さんなら、こんな時にはぜひとも何とか書き残・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・変化は、背後から、やって来ました。とんとん、博士の脊中を軽く叩いたひとがございます。こんどは、ほんとう。」 長女は伏目がちに、そこまで語って、それからあわてて眼鏡をはずし、ハンケチで眼鏡の玉をせっせと拭きはじめた。これは、長女の多少てれ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ こう言いながら、火鉢を少し持ち上げて、畳を火鉢の尻で二、三度とんとんと衝いた。大沼の重りの象徴にする積りと見える。「今度の奴は生利に小細工をしやがる。今に見ろ、大臣に言って遣るから。此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・老夫婦が、たからものにでも触るようにして、背中を撫でたり、肩をとんとん叩いてやったりする。この少女は、どうやら病後のものらしい。けれども、決して痩せてはいない。清潔に皮膚が張り切っていて、女王のようである。老夫婦にからだをまかせて、ときどき・・・ 太宰治 「美少女」
・・・と圭さんは蝙蝠傘で、崖の腹をとんとん叩く。碌さんは見当を見計って、ぐしゃりと濡れ薄の上へ腹をつけて恐る恐る首だけを溝の上へ出して、「おい」「おい。どうだ。豆は痛むかね」「豆なんざどうでもいいから、早く上がってくれたまえ」「ハ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 狐は、しばらくあちこち地面を嗅いだり、とんとんふんでみたりしていましたが、とうとう一つの大きな石を起こしました。するとその下にむぐらの親子が八疋かたまってぶるぶるふるえておりました。狐が、 「さあ、走れ、走らないと、噛み殺すぞ」と・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫