・・・その仕合には、越中守綱利自身も、老職一同と共に臨んでいたが、余り甚太夫の槍が見事なので、さらに剣術の仕合をも所望した。甚太夫は竹刀を執って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流の剣術を指南している瀬沼兵衛が相手になった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・新鮮な朝の空気と共に、田園に特有な生き生きとした匂いが部屋じゅうにみなぎった。父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグーズベリーの繁みに放りなげた。 監督は矢部の出迎えに出かけて留守だったが、父の膝許には、もうたくさ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・春になった。春と共に静かであった別荘に賑が来た。別荘の持主は都会から引越して来た。その人々は大人も子供も大人になり掛かった子供も、皆空気と温度と光線とに酔って居る人達で、叫んだり歌を謡ったり笑ったりして居る。 その中でこの犬と初めて近づ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・そんなら、この処に一人の男(仮令があって、自分の神経作用が従来の人々よりも一層鋭敏になっている事に気が付き、そして又、それが近代の人間の一つの特質である事を知り、自分もそれらの人々と共に近代文明に醸されたところの不健康な状態にあるものだと認・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・我が手は原稿と共にポストの投入口に奥深く挿入せられてしばらくは原稿を離れ得ない。やがてようやく稿を離れて封筒はポストの底に落ちる。けれどそれだけでは安心が出来ない。もしか原稿はポストの周囲にでも落ちていないだろうかという危惧は、直ちに次いで・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・茶の湯を挙たのは、茶の湯が善美な歴史を持って居るのと、生活に直接で家庭的で、人間に尤も普遍的な食事を基礎として居る点が、最も社会と調和し易いからである、他の品位ある多くの芸術は天才的個人的に偏して、衆と共にするということが頗る困難であるから・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・その第五中隊第一小隊に、僕は伍長として、大石軍曹と共に、属しておったんや。進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方へ、まえの方へと浮き足になるんで、或時、上官から、大石、しッかりせい。貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰となってしまったが、この門前の椿岳旧棲の梵雲庵もまた劫火に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 柔和なる者は福なり、其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・お母さんだけが、いつも自分と共にあることを信ずるし、お母さんだけが、最後まで、自分の味方だと信ずるからです。子供は、お母さんとなら、火の中へでも、水の中へでも、いっしょに入るであろうし、お母さんだけが、また火の中へでも、水の中へでも入って下・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
出典:青空文庫