・・・ お里は、お品か、きみがどっかへやったのかもしれない、と考えていた。清吉はうと/\まどろんで子供達が外から帰ったのも知らないことが珍らしくなかった。あるいは、彼が知らないうちに子供が嬉しがってどっかへ持って行ったのかもしれない、彼女は、・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ どっかで誰れかが叫んだ。しかし、それも何故であるか分らなかった。そして、叫声は後方へ去ってしまった。「突撃! 突撃ッ!」 小さい溝をとび越したところで少尉は尻もちをついて、軍刀をやたらに振りまわして叫んでいた。少尉の軍袴の膝の・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。 私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 人の死んだ席で、なんの用事もせず、どっかと坐ったまま仏頂づらしてぶつぶつ屁理窟ならべている男の姿は、たしかに、見よいものではない。馬鹿である。気のきいたお悔みの言葉ひとつ述べることができない。許したまえ。この男は、悲しいのだ。自身の無・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・緑色に生々と、が、なかには菁々たる雑草が、乱雑に生えています。どっから刈りこんでいいか、ぼくは無茶苦茶に足の向いた所から分け入り、歩けた所だけ歩いて、報告する――てやがんだい。ぼくは薄野呂です。そんなんじゃあない。然し、ぼくは野蛮でたくまし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・三十七になっても、さっぱりだめな義兄は、それから板塀の一部を剥いで、裏の畑の上に敷き、その上にどっかとあぐらを掻いて坐り、義妹の置いて行ったおにぎりを頬張った。まったく無能無策である。しかし私は、馬鹿というのか、のんきというのか、自分たちの・・・ 太宰治 「薄明」
・・・市場の辻の消防屯所夜でも昼でも火の見で見張りぐるぐる見回る 北は……… 南は……… 西は……… 東は………どっかに煙はさて見えないか。 わが国の教育家、画家、詩人ならびに出版業・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・「あれでもどっかへ持って行きゃあ、三十円や五十円にゃあなるんだよ」などいうのも聞こえた。 さっきの子供はいつまでもそこいらを離れずにぶらぶらしていた。遠足にしてはただ一人というのもおかしかった。よほど絵が好きなので、こうして油絵のできて・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・それからまた、こんにゃはァ、と怒鳴るのだが、そんなとき、どっかから、「――こんにゃくやさーん」 と、呼ぶ声がきこえたときの嬉れしさったら、まるでボーッと顔がほてるくらいだ。 五つか六つ売れると、水もそれだけ減らしていいから、ウン・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・――高島貞喜は、学生たちが停車場から伴ってきたが、黒い詰襟の学生服を着、ハンチングをかぶった小男は、ふとい鼻柱の、ひやけした黒い顔に、まだどっかには世なれない少年のようなあどけなさがあった。「フーン、これがボルか」 会場の楽屋で、菜・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫