・・・と上村が情けなそうに言ったので、どっと皆が笑った。「君が馬鈴薯党を変節したのも、一はその故だろう」と綿貫が言った。「イヤそれは嘘言だ、上村君にもし相手があったら北海道の土を踏ぬ先に変節していただろうと思う、女と言う奴が到底馬鈴薯主義・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・というや三人急に何か小さな声で囁き合ったが、同時にどっと笑い、一人が「ヨイショー」と叫けんで手を拍った。 面白ろうない事が至るところ、自分に着纏って来る。三人が行き過ぐるや自分は舌打して起ちあがり、そこそこと山を下りて表町に出た。 ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・労働者達は、一時にどっと笑い出した。 京一は、眼が急にかっと光ったように思った。すると、それから頭の芯がじいんと鳴りだした。痛みが頭の先端から始まって、ずっと耳の上まで伝ってきた――皆は、まだ笑っている。急に、泣きたいと思わぬのに涙が出・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・は若女形で行く不破名古屋も這般のことたる国家問題に属すと異議なく連合策が行われ党派の色分けを言えば小春は赤お夏は萌黄の天鵞絨を鼻緒にしたる下駄の音荒々しく俊雄秋子が妻も籠れりわれも籠れる武蔵野へ一度にどっと示威運動の吶声座敷が座敷だけ秋子は・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私はどっと床についた。その時の私は再び起つこともできまいかと人に心配されたほどで、茶の間に集まる子供らまで一時沈まり返ってしまった。 どうかすると、子供らのすることは、病んでいる私をいらいらさせた。「とうさんをおこらせることが、とう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・おさえにおさえて、どっと爆発した歓喜の情が、よくわかるのである。バンザイ以外に、表現が無い。しばらくして兄は、「よかった!」と一言、小さい声で呟いて、深く肩で息をした。それから、そっと眼鏡をはずした。 私は、危く噴き出しそうになった・・・ 太宰治 「一燈」
・・・かっと烈日、どっと黄塵。からっ風が、ばたん、と入口のドアを開け放つ。つづいて、ちかくの扉が、ばたんばたん、ばたんばたん、十も二十も、際限なく開閉。私は、ごみっぽい雑巾で顔をさかさに撫でられたような思いがした。みな寝しずまったころ、三十歳くら・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・おおぜいがどっと笑う。これが序曲である。 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御附きの人々かしこまりて、あれはちがい船なればかく早くこそと御答え申せば、さらばそのちがい船を造れと仰せられし勿体なさと父上の話に皆々またどっと笑う間に船は新田堤にかかる。並んで・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・母と二人、午飯を済まして、一時も過ぎ、少しく待ちあぐんで、心疲れのして来た時、何とも云えぬ悲惨な叫声。どっと一度に、大勢の人の凱歌を上げる声。家中の者皆障子を蹴倒して縁側へ駈け出た。後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫