・・・ 何か書きものをしていた先生はどやどやと這入って来た僕達を見ると、少し驚いたようでした。が、女の癖に男のように頸の所でぶつりと切った髪の毛を右の手で撫であげながら、いつものとおりのやさしい顔をこちらに向けて、一寸首をかしげただけで何の御・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・「もう、これ午餉になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見えますで。湯は沸らせましたが――いや、どの小児衆も性急で、渇かし切ってござって、突然がぶりと喫りまするで、気を着けて進ぜませぬと、直きに火傷を。」「火傷を…うむ。」・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・植木屋徒も誘われて、残らずどやどや駆けて出る。私はとぼんとして、一人、離島に残された気がしたんです。こんな島には、あの怪い大鼠も棲もうと思う、何となく、気を打って、みまわしますとね。」「はあ――」「ものの三間とは離れません。宮裏に、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・と胴太き声の、蒼く黄色く肥ったる大きなる立派な顔の持主を先に、どやどやと人々入来りて木沢を取巻くように坐る。臙脂屋早く身退りし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て、「丹下、けしからぬぞ、若い若い。あやまれあやまれ。後輩の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・と、町中のものや通行人たちがどやどやかけつけて来ました。「こいつらがおれんとこのあの犬を、二ひきともひっくくりゃァがったんだ。下りろ、きさま。」と肉屋は巡査の足をつかまえて、むりやりに引きずり下しました。人々はみんな、あの二ひきの犬の同・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ そこで井伏さんも往生して、何とかという、名前は忘れたが、或る小さいカフェに入った。どやどやと、つきものも入って来たのは勿論である。 失礼ながら、井伏さんは、いまでもそうにちがいないが、当時はなおさら懐中貧困であった。私も、もちろん・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ お篠は、送ると言った、私たちは、どやどやと玄関に出た。あ、ちょっと、と言って、私は飛鳥の如く奥の部屋に引返し、ぎょろりと凄くあたりを見廻し、矢庭にお膳の寒雀二羽を掴んでふところにねじ込み、それからゆっくり玄関へ出て行って、「わすれ・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・かし、二十六だったか七だったか、八か、あらたまって尋ねて聞いた事も無いので、はっきりした事は覚えていないが、とにかくまあ、その娘ひとりであずかっている家に、三十七の義兄と三十四の姉が子供を二人も連れてどやどやと乗り込んで、そうしてその娘と遠・・・ 太宰治 「薄明」
・・・忌わしい予感を、ひやと覚えたとき、どやどやと背広服着た紳士が六人、さちよの病室へはいって来た。「須々木が、ホテルで電話をかけたそうだね。」「ええ。」あわれに微笑んで答えた。「誰にかけたか知ってるね?」 うなずいた。「そい・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・上り下りの電車がホームに到着するごとに、たくさんの人が電車の戸口から吐き出され、どやどや改札口にやって来て、一様に怒っているような顔をして、パスを出したり、切符を手渡したり、それから、そそくさと脇目も振らず歩いて、私の坐っているベンチの前を・・・ 太宰治 「待つ」
出典:青空文庫