・・・ と馬鹿調子のどら声を放す。 ひょろ長い美少年が、「おうい。」 と途轍もない奇声を揚げた。 同時に、うしろ向きの赤い袖が飜って、頭目は掌を口に当てた、声を圧えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・大隊を指揮する、取っておきのどら声で怒なりつけようとした。その声は、のどの最上部にまで、ぐうぐう押し上げて来た。 が、彼は、必死の努力で、やっとそれを押しこらえた。そして、前よりも二倍位い大股に、聯隊へとんで帰った。「女のところで酒・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そういうどら声があちらこちらに聞こえた。今は雑使婦か何かの宿舎になっているらしい。そのボロボロの長屋に柿色や萌黄の蛇の目の傘が出入りしている。 またある日。 蒲団を積んだ手荷車が盲長屋の裏を向うへ、ゆるやかな坂を向うへ上って行く。貸・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・と云うどら声がいきなりひびいたので読のをやめて一度にふりかえったがじいやがあんまり変な形をして居るので眼を見合してニヤニヤして居る。じいやは一向そんな事にはとんじゃくなく「十二文ノコウ高はありませんかねー」と又ここでもくりかえした。「何をあ・・・ 宮本百合子 「大きい足袋」
・・・ 四十五六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人をA氏とよんで居た。 ふざける様にしゃべって下司な笑い様をするのと金ぐさりを巻きつけたのとが神官としての尊さをすっかり落してしまって居た。そして又いかにも小・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・田代先生は髭のついている口を大きくあけて、男のどら声のような声で、しかし音程は正しく「空も港も夜は更けて」というような単純な歌を教えた。 その室のとなりに教員室があり、子供たちにとって、教員室というところは、なみなみの思いでは入って行け・・・ 宮本百合子 「藤棚」
出典:青空文庫