・・・そうしたら八っちゃんは暫く顔中を変ちくりんにしていたが、いきなり尻をどんとついて僕の胸の所がどきんとするような大きな声で泣き出した。 僕はいい気味で、もう一つ八っちゃんの頬ぺたをなぐりつけておいて、八っちゃんの足許にころげている碁石を大・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・雨強く風烈しく、戸を揺り垣を動かす、物凄じく暴るる夜なりしが、ずどんと音して、風の中より屋の棟に下立つものあり。ばたりと煽って自から上に吹開く、引窓の板を片手に擡げて、倒に内を覗き、おくの、おくのとて、若き妻の名を呼ぶ。その人、面青く、髯赤・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・――きりょうも、いろも、雪おんな…… ずどんと鳴って、壁が揺れた。雪見を喜ぶ都会人でも、あの屋根を辷る、軒しずれの雪の音は、凄じいのを知って驚く……春の雨だが、ざんざ降りの、夜ふけの忍駒だったから、かぶさった雪の、そ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ やがて曇った夜の色を浴びながら満水して濁った川は、どんと船を突上げたばかりで、忘れたようにその犠を七兵衛の手に残して、何事もなく流れ流るる。 衣の雫 十 待乳屋の娘菊枝は、不動の縁日にと・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・……余りの様子を、案じ案じ捜しに出た父に、どんと背中を敲かれて、ハッと思った私は、新聞の中から、天狗の翼をこぼれたようにぽかんと落ちて、世に返って、往来の人を見、車を見、且つ屋根越に遠く我が家の町を見た。―― なつかしき茸狩よ。 二・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 豹吉はにやりと笑ったかと思うと、いきなり男の背中をどんと突いた。 男はあっという間に川の中へ落ちてしまった。 男が川の中へ落ちてしまったのを見届けると、豹吉は不気味な笑いを笑った。 しかし、さすがに顔色は青ざめていた・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・上杉謙信がそれを見て嘲笑って、信玄、弓箭では意をば得ぬより権現の力を藉ろうとや、謙信が武勇優れるに似たり、と笑ったというが、どうして信玄は飯綱どころか、禅宗でも、天台宗でも、一向宗までも呑吐して、諸国への使は一向坊主にさせているところなど、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 佐吉さんは何も言わず、私の背中をどんと叩きました。そのまま一夏を、私は三島の佐吉さんの家で暮しました。三島は取残された、美しい町であります。町中を水量たっぷりの澄んだ小川が、それこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残る隈なく駈けめぐり、清冽・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・私は大隅君の背中をどんと叩いて、「君は仕合せものだぞ。上の姉さんが君に、家宝のモオニングを貸して下さるそうだ。」 家宝の意味が、大隅君にも、すぐわかったようである。「あ、そう。」とれいの鷹揚ぶった態度で首肯いたが、さすがに、感佩・・・ 太宰治 「佳日」
・・・黙って少年佐伯の肩を、どんと叩いて私は部屋から出た。必ず救ってやろうと、ひそかに決意を固くしたのである。 三人は、下宿を出て渋谷駅のほうへ、だらだら下りていった。路ですれちがう男女も、そんなに私の姿を怪しまないようである。熊本君は、紺絣・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫