・・・「おい、おい、女ゴ衆、ドンと行くぞ。」「タエの尻さ、大穴もう一ツあけるべ。」 婆さんがうしろで冷かしていた。 市三は、岩の破れ目から水滴が雨だれのようにしたゝっているところを全力で通りぬけた。 あとから女達が闇の中を早足・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・「お、やっぱりドン百姓でも生れた村の方がえいわい。」 夕方、息子夫婦がつれだって帰ってきた。「お土産。」と園子は紙に包んだ反物をばあさんの前に投げ出した。「へえエ。」思いがけなしで、何かと、ばあさんは不審そうに嫁の顔を見上げ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側へ、音をたてゝ吹きわけて行った、その辺は皆見慣れた街並だった。 N駅に出る狭い道を・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・きすさび、雨戸が振動し障子の破れがハタハタ囁き、夜もよく眠れず、私は落ちつかぬ気持で一日一ぱい火燵にしがみついて、仕事はなんにも出来ず、腐りきっていたら、こんどは宿のすぐ前の空地に見世物小屋がかかってドンジャンドンジャンの大騒ぎをはじめた。・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ と冗談めかして言って、起きて、床の上にあぐらをかき、「ドンマイ、ドンマイ。」 夏の月が、その夜は満月でしたが、その月光が雨戸の破れ目から細い銀線になって四、五本、蚊帳の中にさし込んで来て、夫の痩せたはだかの胸に当っていました。・・・ 太宰治 「おさん」
・・・あの腹掛のドンブリに、古風な財布をいれて、こう懐手して歩くと、いっぱしの、やくざに見えます。角帯も買いました。締め上げると、きゅっと鳴る博多の帯です。唐桟の単衣を一まい呉服屋さんにたのんで、こしらえてもらいました。鳶の者だか、ばくち打ちだか・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・いっそ、チンドン屋になったり、ルンペンになれば、生活経験が豊富になっていいかも知れません。が、おふくろが嫁さんの候補の写真を四枚も送ってきてますからねエ。いまは『春服』をぼくの足場にする希望もない。十月頃送った百枚位の小説はどうなっておるか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・音がほしければ窓外のチンドン屋のはやしでも聞かせたほうがまだましであろう。それからたとえばまた「直八子供旅」では比較的むだな饒舌が少ないようであるが、ひとり旅に出た子供のあとを追い駆ける男が、途中で子供の歩幅とおとなのそれとの比較をして、そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ピークで降りるとドンが鳴った。涼しい風が吹いて汗が収まった。頂上の測候所へ行って案内を頼むと水兵が望遠鏡をわきの下へはさんで出て来ていろいろな器械や午砲の装薬まで見せてくれる、一シリングやったら握手をした。…… 夕飯後に甲板へ出て見ると・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
レーリー家の祖先は一六六〇年頃エセックス州のモルドン附近に若干の水車を所有して粉磨業を営んでいた。一七二〇年頃ターリングに新しく住家を求め、その後 Terling Place の荘園を買った。その邸宅はもとノリッチ僧正の宮・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫