・・・ 多加ちゃんはもう大丈夫ですとも。なあに、ただのお腹下しなんですよ。あしたはきっと熱が下りますよ」「御祖師様の御利益ででしょう?」妻は母をひやかした。しかし法華経信者の母は妻の言葉も聞えないように、悪い熱をさますつもりか、一生懸命に口を尖ら・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・A 僕もとうに「ウパニシャッドの哲学よ、さようなら」さ。B あの時分はよく生だの死だのと云う事を真面目になって考えたものだっけな。A なあにあの時分は唯考えるような事を云っていただけさ。考える事ならこの頃の方がどのくらい考えてい・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・「御待たせして?」 お君さんは田中君の顔を見上げると、息のはずんでいるような声を出した。「なあに。」 田中君は大様な返事をしながら、何とも判然しない微笑を含んだ眼で、じっとお君さんの顔を眺めた。それから急に身ぶるいを一つして・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・「なあに、疲れてなんかおりません。こんなことは毎度でございますから」 朝飯をすますとこう言って、その人はすぐ身じたくにかかった。そして監督の案内で農場内を見てまわった。「私は実はこちらを拝見するのははじめてで、帳場に任して何もさ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・花田 そいつが残る四人のために死ななければならないんだ。とも子 冗談もいいかげんにするものよ、人を馬鹿にして。花田 なあに、冗談じゃない。わけはない、ころっと死にさえすればいいんだよ。戸部 花田、貴様は残酷な奴だ。……・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「なあに、こっちの迷惑より、そういう御様子ではさぞ御当惑をなさるでありましょう、こう遣って、お世話になるのも何かの御縁でしょうから、皆さん遠慮しないが宜しい。」 と二人で差向で話をしておりまする内に、お喜代、お美津でありましょう、二・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・どうもえらいくたぶれようだ。なあに起きりゃなおると、省作は自分で自分をしかるようにひとり言いって、大いに奮発して起きようとするが起きられない。またしばらく額を枕へ当てたまま打つ伏せになってもがいている。 全く省作は非常にくたぶれているの・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「なあにだめだだめだ、あの様子では……人間もばかになればなるものだ、つくづく呆れっちまった。どういうもんかな、世間の手前もよし、あれの仕合せにもなるし、向うでは懇望なのだから、残念だなあ」 父はよくよく嘆息する。「だから今一応も・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「うそってなあに?」と、お姉さんがたずねられました。「姉さんは、まだ、うそという鳥を知らないのかい。べにがらのように赤くて、もっと大きい鳥なんだよ。じゃ、姉さんは、文鳥を知っているだろう。ちょうど、あんなような鳥なのさ。」と、達ちゃ・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・ある日のこと、「あれ、なあに。」と、ふいにお母さんにききました。「なんですか。」と、お母さんは、おわかりになりませんでした。「アカギタニタニタニって?」「あああれですか、はさみ、ほうちょう、かみそりとぎという、とぎ屋さんです・・・ 小川未明 「古いはさみ」
出典:青空文庫