・・・そうすれば先生のところから帰って来て後は直ぐ遊ぶことが出来るのですから、家の人達のまだ寝ているのも何も構うことは無しに、聞えよがしに復読しました。随分迷惑でしたそうですが、然し止せということも出来ないので、御母様も堪えて黙って居らしったそう・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・死に抗するも自然である、長じて種の為めに生を軽んずるに至るのも自然である、是れ矛盾ではなくして正当の順序である、人間の本能は必しも正当・自然の死を恐怖する者ではない、彼等は皆な此運命を甘受すべき準備を為して居る。 故に人間の死ぬのは最早・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・万国の史を閲読するも此の如き建設物は一個も有ること無し。地上の熱度漸く下降し草木漸く萠生し那辺箇辺の流潦中若干原素の偶然相抱合して蠢々然たる肉塊を造出し、日照し風乾かし耳目啓き手足動きて茲に乃ち人類なる者の初て成立せし以来、我日本の帝室は常・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・地上の熱度漸く下降し草木漸く萠生し那辺箇辺の流潦中若干原素の偶然相抱合して蠢々然たる肉塊を造出し、日照し風乾かし耳目啓き手足動きて茲に乃ち人類なる者の初て成立せし以来、我日本の帝室は常に現在して一回も跡を斂めたることなし。我日本の帝室は開闢・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・氏貴公も予て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまるで馬鹿だね、始終心の中で何か考えて居って、何を問い掛けてもあい/\と答をする、それが来たので、妙な男で、あゝ来た来た、妙な物を着て来たなア、何だハヽヽ袖無しの羽織見たような物を着て来たな、七兵・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来かねる。情があらば助力して呉れ。頼む。斯う真実を顔にあらわして嘆願するのであった。「実は――まだ朝飯も食べませんような次第で。」 と、その男は附加して言った。・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ 浅間の麓に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲いているが、その桑畠や竹薮を背にしたところに桜井先生の住居があった。先生はエナアゼチッ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 先生が長い立派な髯を生したのもこの地方へ来て隠れてからだ。 年はとっても元気の好い先生の後に随いて、高瀬はやがてこの小楼を出、元来た谷間の道を町の方へ帰って行った。一雨ごとに山の上でも温暖く成って来た時で、いくらか湿った土には・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 以上を私が現在において為し得る人生観論の程度であるとすれば、そこに芸術上のいわゆる自然主義と尠なからぬ契機のあることを認める。けれども芸術上の自然主義はもっと広い。また芸術は必して直接にわれらの実行生活を指揮し整理する活動でもない。・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・その翌々日、すでに飲酒を為した。日暮れて、男は蹌踉、たばこ屋の店さきに立った。「すみません」と小声で言って、ぴょこんと頭をさげた。真実わるい、と思っていた。娘は、笑っていた。「こんどこそ、飲まないからね」「なにさ」娘は、無心に笑・・・ 太宰治 「あさましきもの」
出典:青空文庫