・・・自分はわが考えの中で鳴るのかと思う。前から藁を背負った男が来る。後で、「ごめんなんせ」という。振り向くと、馬の鼻が肩のところに覗いている。小走りに百姓家の軒下へ避ける。そこには土間で機を織っている。小声で歌を謡っている。「おおい」と・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・彼の両親は、長い間散々種々やって見た揚句、到頭、彼もいつかは一人前の男に成るだろうと云う希望を、すっかり棄てて仕舞いました。一体、のらくら者と云うものは、家の者からこそ嫌がられますけれども、他処の人々は、誰にでも大抵気に入られると云う得を持・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・よろずのもの、これに拠りて成る。ふっと私は、忘れた歌を思い出したような気がした。たあいない風景ではあったが、けれども、私には忘れがたい。 あの夜の女工さんは、あのいい声のひとであるか、どうかは、それは、知らない。ちがうだろうね。・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・と一ばん若いお客が、呶鳴るように言いまして、「ねえさん、おれは惚れた。一目惚れだ。が、しかし、お前は、子持ちだな?」「いいえ」と奥から、おかみさんは、坊やを抱いて出て来て、「これは、こんど私どもが親戚からもらって来た子ですの。これでもう・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・いまに、お豆がたくさん生るわよ。」 玄関のわきに、十坪くらいの畑地があって、以前は私がそこへいろいろ野菜を植えていたのだけれども、子供が三人になって、とても畑のほうにまで手がまわらず、また夫も、昔は私の畑仕事にときどき手伝って下さったも・・・ 太宰治 「おさん」
・・・主効、慢性阿片、モルヒネ、パビナール、パントポン、ナルコポン、スコポラミン、コカイン、ヘロイン、パンオピン、アダリン等中毒。白石国太郎先生創製、ネオ・ボンタージン。文献無代贈呈。』――『寄席芝居の背景は、約十枚でこと足ります。野面。塀外。海・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・主効、慢性阿片、モルヒネ、パビナール、パントポン、ナルコポン、スコポラミン、コカイン、ヘロイン、パンオピン、アダリン等中毒。白石国太郎先生創製、ネオ・ボンタージン。文献無代贈呈。』――『寄席芝居の背景は、約十枚でこと足ります。野面。塀外。海・・・ 太宰治 「虚構の春」
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭になってしまっ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 映画の光学的映像より成る一つ一つのショットに代わるものが、連句では実感的心像で構成された長句あるいは短句である。そうしてこれらの構成要素はそのモンタージュのリズムによってあるいは急にあるいはゆるやかなる波動を描いて行く、すなわち音楽的・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・突然この音が絶えると同時に銀幕のまん中にはただ一本の旗が現われ、それが強い砂漠のあらしになびいてパリパリと鳴る音が響いて来る。ピアノの音からこの旗のはためきに移る瞬間に、われわれはちょうどあるシンフォニーでパッショネートな一楽章から急転直下・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫