・・・ひらひら、ちらちらと羽が輝いて、三寸、五寸、一尺、二尺、草樹の影の伸びるとともに、親雀につれて飛び習う、仔の翼は、次第に、次第に、上へ、上へ、自由に軽くなって、卯の花垣の丈を切るのが、四、五度馴れると見るうちに、崖をなぞえに、上町の樹の茂り・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 秀ちゃんは、はじめてのお家へきたので、かしこまっていましたが、だんだん慣れると、さっぱりとした性質ですから、話しかけられれば、はきはき、ものをいいますので、すぐにみんなとうちとけてしまいました。 いろいろと話をしているうち、ふいに・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・それを十六本、右撚りなら右撚りに、最初は出来ないけれども少し慣れると訳なく出来ますことで、片撚りに撚る。そうして一つ拵える。その次に今度は本数を減らして、前に右撚りなら今度は左撚りに片撚りに撚ります。順に本数をへらして、右左をちがえて、一番・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ と、俺を見て云った――「なに、じき慣れるさ。」 俺は相手から顔をそむけて、「バカ! 共産党が泣くかい。」 と云った。 箒。ハタキ。渋紙で作った塵取。タン壺。雑巾。 蓋付きの茶碗二個。皿一枚。ワッパ一箇。箸一ぜん・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御を京で尋ねたでもあるまいものが、あわぬ詮索に日を消すより極楽は瞼の合うた一時とその能とするところは呑むなり酔うなり眠るなり自堕落は馴れるに早くいつまでも血気熾んとわれから・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・お徳の白い割烹着も、見慣れるうちにそうおかしくなくなった。「次郎ちゃんは?」「お二階で御勉強でしょう。」 それを聞いてから、私は両手に持てるだけ持っていた袋包みをどっかとお徳の前に置いた。「きょうはみんなの三時にと思って、林・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・酒を知ってから、もう十年にもなるが、一向に、あの気持に馴れることができない。平気で居られぬのである。慚愧、後悔の念に文字どおり転輾する。それなら、酒を止せばいいのに、やはり、友人の顔を見ると、変にもう興奮して、おびえるような震えを全身に覚え・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・私の眼が、だんだん、うすくらがりに馴れるにしたがい、その少女のすがたが、いよいよくっきり見えて来た。髪を短く刈りあげて、細い頬はなめらかだった。「なにになさいます?」 きよらかな声であると私は思った。「ウイスキイ。」 私は、・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・殺風景だと思っていたコンクリートの倉庫も見慣れると賤が伏屋とはまたちがった詩趣や俳味も見いだされる。昭和模様のコーヒー茶わんでも慣れればおもしろくなるかもしれない。それがおもしろくなるまでの我慢がしきれないで、近ごろの若い者はを口癖にいうの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかし慣れるに従って星がだんだんにのろく見えて来る、一秒という時間が次第に長いものに感ぜられて来る。そうして心しずかに星を仕留めることができた。 水泳の飛び込みでもおそらく習練を積むに従って水ぎわまでの時間が次第に長くなって、ゆるゆる腰・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫