・・・紙巻烟草に火を附けて見たが、その煙がなんともいえないほど厭になったので、窓から烟草を、遠くへ飛んで行くように投げ棄てた。外は色の白けた、なんということもない三月頃の野原である。谷間のように窪んだ所には、汚れた布団を敷いたように、雪が消え残っ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になってるお姫さまを助けるような事があるかも知れませんからね。それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船に逢って一・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ですがその奥さまというのが、僕のためにはナンともいえない好い方で、その方の事を考えても、話にしても、何だか妙に嬉しいような悲しいような心持がして来るんです。美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人のような美人は見た事がないんです。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ですがその奥さまというのが、僕のためにはナンともいえない好い方で、その方の事を考えても、話にしても、何だか妙に嬉しいような悲しいような心持がして来るんです。美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人のような美人は見た事がないんです。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・彼に対してその作品の芸術的価値を説いて聞かせることはなんの意味をもなさない。たとい彼がその作品の芸術的価値を充分理解し得るようになったところで、公衆に対する作品の影響が依然として同一である限りは、彼はその禁止を解くことができない。 そこ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫