一 支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
一 支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・けれども私は悪い人間だったと見えて、こうなると自分の命が助かりたかったのです。妹の所へ行けば、二人とも一緒に沖に流されて命がないのは知れ切っていました。私はそれが恐ろしかったのです。何しろ早く岸について漁夫にでも助けに行ってもらう外はないと・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・けれども私は悪い人間だったと見えて、こうなると自分の命が助かりたかったのです。妹の所へ行けば、二人とも一緒に沖に流されて命がないのは知れ切っていました。私はそれが恐ろしかったのです。何しろ早く岸について漁夫にでも助けに行ってもらう外はないと・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレンチは最後の刹那の到来したことを悟った。今こそ全く不可能な、有りそうにない、嫌な、恐ろしい事が出来しなくてはならないのである。フレンチは目を瞑った。 暗黒の裏に、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレンチは最後の刹那の到来したことを悟った。今こそ全く不可能な、有りそうにない、嫌な、恐ろしい事が出来しなくてはならないのである。フレンチは目を瞑った。 暗黒の裏に、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・この男は目にかかる物を何でも可哀がって、憐れで、ああ人間というものは善いものだ、善い人間が己れのために悪いことをするはずがない、などと口の中で囁く癖があった。この男がたまたま酒でちらつく目にこの醜い犬を見付けて、この犬をさえ、良い犬可哀い犬・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・この男は目にかかる物を何でも可哀がって、憐れで、ああ人間というものは善いものだ、善い人間が己れのために悪いことをするはずがない、などと口の中で囁く癖があった。この男がたまたま酒でちらつく目にこの醜い犬を見付けて、この犬をさえ、良い犬可哀い犬・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
出典:青空文庫