・・・ 鬼上官は二言と云わずに枕の石を蹴はずした。が、不思議にもその童児は頭を土へ落すどころか、石のあった空間を枕にしたなり、不相変静かに寝入っている!「いよいよこの小倅は唯者ではない。」 清正は香染めの法衣に隠した戒刀のつかへ手をか・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・ちょっと、二言三言話して、すぐまたせっせと出ていらっしゃる。そのうちにパンが足りなくなって、せっせと買い足しにやる。せっせと先生の所へ通信部を開く交渉に行く。開成社へ電話をかけてせっせとはがきを取寄せる。誰でも皆せっせとやる。何をやるのでも・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・そして何か一言二言話しあって小屋の方に帰って行った。 この日も昨夜の風は吹き落ちていなかった。空は隅から隅まで底気味悪く晴れ渡っていた。そのために風は地面にばかり吹いているように見えた。佐藤の畑はとにかく秋耕をすましていたのに、それに隣・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……渾名で分かりますくらいおそろしく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上がりになりますので。その了簡でございますから、中年から後家になりながら、手一つで、まず……伜どのを立派に育てて、これを東京で学・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と別に何の知己でもない女に、言葉を交わすのを、不思議とも思わないで、こうして二言三言、云う中にも、つい、さしかけられたままで五足六足。花の枝を手に提げて、片袖重いような心持で、同じ傘の中を歩行いた。「人が見ます。」 どうして見・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使わぬ肚をきめたが、八回無駄足を踏ませた挙句、五時間待たせた手前もあって、二言三言口を利いてやる気になり、「――お前の志望はいったい何だ?」 と、きくと丹造はすかさず・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・しかし、十三時間の間、幾子と口を利くのはほんの二言か三言だ。あとは幾子の顔を見ながら、小説のことを考えたり、雑誌を読んだり、客と雑談したりしているのだ。客のなかには文学青年の入山もいる。なかなかの美青年で、やはり幾子に通っているらしい。いわ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・逢う度毎に皆な知る人であるから二言三言の挨拶はしたが、可い心持はしなかった。 富岡の門まで行ってみると門は閉って、内は寂然としていた。校長は不審に思ったが門を叩く程の用事もないから、其処らを、物思に沈みながらぶらぶらしていると間もなく老・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ お里は何か他のことを二言三言云った。その態度がひどくきまり悪るそうだった。清吉は、自分が云いすぎて悪いことをしたような気がした。 お里は、善良な単純な女だった。悪智恵をかっても、彼女の方から逃げだしてしまうほどだった。その代り、妻・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・日本国は堺の商人、商人の取引、二言は無いと申したナ。木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、木沢殿。失礼ながら世に宝物など申すは、いずれ詰らぬ、下らぬもの。心よく呉れて遣って下されい。我等同志がためになり申す。……黙・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫