・・・ 藤左衛門は、こう云って、伝右衛門と内蔵助とを、にこにこしながら、等分に見比べた。「はあ、いや、あの話でございますか。人情と云うものは、実に妙なものでございます。御一同の忠義に感じると、町人百姓までそう云う真似がして見たくなるのでご・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・何でもこの記事に従えば、喪服を着た常子はふだんよりも一層にこにこしていたそうである。ある上役や同僚は無駄になった香奠を会費に復活祝賀会を開いたそうである。もっとも山井博士の信用だけは危険に瀕したのに違いない。が、博士は悠然と葉巻の煙を輪に吹・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・三人はようやく安心して泳ぎながら顔を見合せてにこにこしました。そして波が行ってしまうと三人ながら泳ぎをやめてもとのように底の砂の上に立とうとしました。 ところがどうでしょう、私たちは泳ぎをやめると一しょに、三人ながらずぼりと水の中に潜っ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・といってにこにこした。罪のない顔になった。与十の妻は黙って小屋に引きかえしたが、真暗な小屋の中に臥乱れた子供を乗りこえ乗りこえ囲炉裡の所に行って粗朶を一本提げて出て来た。仁右衛門は受取ると、口をふくらましてそれを吹いた。そして何か一言二・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……半年あまりも留守を守ってさみしく一人で居ることゆえ、嫁女や、そなたも、伜と思うて、つもる話もせいよ、と申して、身じまいをさせて、衣ものまで着かえさせ、寝る時は、にこにこ笑いながら、床を並べさせたのだと申すことで。……嫁御はなるほど、わけ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ちょっとずきんをはずし、にこにこ笑って予におじぎをした。四方の山々にとっぷりと霧がかかって、うさぎの毛のさきを動かすほどな風もない。重みのあるような、ねばりのあるような黒ずんだ水面に舟足をえがいて、舟は広みへでた。キィーキィーと櫓の音・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・おはまはにこにこしながら、省作の手もとを見やって、「省さんはわたしに負けたらわたしに何をくれます……」「おまえにおれが負けたら、お前のすきなもの何でもやる」「きっとですよ」「大丈夫だよ、負ける気づかいがないから」 こんな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・酔いもまわったのであろう、友人は、気質に似合わず、非常にいい気持ちの様子で、にこにこ笑うている。然し、その笑いが何となく寂しいのは、友人の周囲を僕に思い当らしめた。「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 吉弥は、ただにこにこしながら、僕の顔とお袋の顔とを順番に見くらべていたが、退屈そうにからだを机の上にもたせかけ、片手で机の上をいじくり出した。そして、今しがた僕が読んで納めた手紙を手に取り、封筒の裏の差出し人の名を見るが早いか、ちょっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 不思議なことがあるものだと思って、空を仰ぎますと、太陽が円い顔をして、にこにこと笑っていました。 いま、そういったのは、太陽かと思いましたから、「ほんとうに、私はもう一度、子供に帰れるでしょうか? 私は世の中の苦労をしました。・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
出典:青空文庫