・・・二十日間も風呂に這入らない兵士達が、高粱稈のアンペラの上に毛布を拡げ、そこで雑魚寝をした。ある夕方浜田は、四五人と一緒に、軍服をぬがずに、その毛布にごろりと横たわっていた。支那人の××ばかりでなく、キキンの郷里から送られる親爺の手紙にも、慰・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そしてその時の情景が、頭の中に焼きつけられて、二三日間、黒い、他人に見えない大きな袋をかむりたいような気がする。しかし、それも、最初の一回、それから、二人目くらいまでである。戦闘の気分と、その間の殺気立った空気とは、兵卒を酔わして半ば無意識・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・紅い唇はこっちの肉感を刺戟した。ロシアの娘にはメリケン兵の不正が理解せられないところだった。「これが偽札なら、あんた方がこしらえたんでしょう。そうにきまってる! どうしてアメリカ人に日本の偽札が拵えられるの?」「馬鹿云え、俺等が俺等の偽・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それで、「誰某は偉い奴だ、史記の列伝丈を百日間でスッカリ読み明らめた」というような噂が塾の中で立つと、「ナニ乃公なら五十日で隅から隅まで読んで見せる」なんぞという英物が出て来る、「乃公はそんなら本紀列伝を併せて一ト月に研究し尽すぞ」という豪・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・大学図書館の本は、すっかり灰になるまで三日間ももえつづけていました。 以上の外、火災をのがれた山の手や郊外の町の混雑もたいへんでした。家のくずれかたむいた人は地震のゆれかえしをおそれて、街上へ家財をもち出し、布や板で小屋がけをして寝たり・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・お目にかかりたく、私は十六、十七、十八の三日間、休暇をもらって置きますから、どの日でも、新介様のお好きな日においで下さい。いっそ、私の汚いうちへおいで願えたら、どんなにうれしいことでしょう。別紙に、うちまでの略図かきました。こんな失礼なこと・・・ 太宰治 「花燭」
・・・すぐにはお礼状も書けず、この三日間、溜息ばかりついていました。私はあなたのお手紙を、かならずしも聖書の如く一字一句、信仰して読んだわけではありません。ところどころに、やっぱり不満もありました。小説の妙訣は、印象の正確を期するところにあるとい・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・一つきほどまえから、私のところへ、ちょいちょい日刊工業新聞という、私などとは、とても縁の遠い新聞が送られて来て、私は、ちょっとひらいてみるのであるが、一向に読むところが無い。なぜ私に送って下さるのか、その真意を解しかねた。下劣な私は、これを・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うところとなり、ラプンツェルは、肉感を洗い去った気高い精神の女性として蘇生した。王子は、それに対して、思わずお辞儀をしたくらいである。ここだ。ここに、新しい第二の結婚生活がはじまる。曰く、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ しかし一方でまた、たとえ日刊新聞や月刊大衆雑誌に掲載されたとしても、そういう弊に陥ることなくして、永久的な読み物としての価値を有するものもまた決して不可能ではないのである。たとえば前にあげたわが国の諸学者の随筆の中の多くのものがそれで・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫