・・・ 新年から我等の日刊新聞を。それを持たないうち我らは共産党じゃない。 先ず犠牲を! ドイツ労働者は『赤旗』のために何をしたか。 コヴェント・ガーデンはロンドン野菜市場だ。花野菜、かぶ、きゅうりの山から発散する巨大な青くささに・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・そこで五日間滞留して、ようよう九州行の舟に乗ることが出来た。四国の旅は空しく過ぎたのである。 舟は豊後国佐賀関に着いた。鶴崎を経て、肥後国に入り、阿蘇山の阿蘇神宮、熊本の清正公へ祈願に参って、熊本と高橋とを三日ずつ捜して、舟で肥前国・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ この游は安政二年乙卯四月六日に家を発し、五日間の旅をして帰ったものである。巻首に「きのとの卯といへるとし、同じ月始の六日」と云ってある。また巻末に添えられた六山寅の七古の狂詩に、「四海安政乙卯年」「袷衣四月毎日楽」「往来五日道中穏」等・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・金槌の音は三日間患者たちの安静を妨害した。一日の混乱は半カ月の静養を破壊する。患者たちの体温表は狂い出した。 しかし、この肺臓と心臓との戦いはまだ続いた。既に金網をもって防戦されたことを知った心臓は、風上から麦藁を燻べて肺臓めがけて吹き・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・心の濃淡を感覚の上に移し、情の深さを味わいのこまやかさで量り、生の豊麗を肉感の豊麗に求めた。そうしてすべてを変化のゆえに、新味のゆえに尚んだ。こうして私は生の深秘をつかむと信じながら、常に核実を遠のいていたのであった。それゆえに私は真の勇気・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫