・・・しかもそれは一人の前進的な人間の小市民的インテリゲンツィアからボルシェビキへの成長の過程であり、日本のプロレタリア解放運動とその文学運動の歴史のひとこまでもある。そのひとこまには濃厚に、日本の天皇制権力の野蛮さとそれとの抗争のかげがさしてい・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・素とフウフェランドは蘭訳の書を先輩の日本訳の書に引き較べて見たのであるが、新しい蘭書を得ることが容易くなかったのと、多くの障碍を凌いで横文の書を読もうとする程の気力がなかったのとの為めに、昔読み馴れた書でない洋書を読むことを、翁は面倒がって・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・「そうすると、今の日本には、少しおかしいのが、五百万人ぐらいはいると思っても、さしつかえありませんね、あはははははは――」 笑う声が薄気味わるく夜の灯火の底でゆらめいていた。五百万人の狂人の群れが、あるいは今一斉にこうして笑っている・・・ 横光利一 「微笑」
遠望であるから細かいところは見えないものと承知していただきたい。 ごく大ざっぱな観察ではあるが、美術院展覧会を両分している洋画と日本画とは、時を同じゅうして相並んでいるのが不思議に思えるほど、気分や態度を異にしている。もちろんそれ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫