・・・ 今彼の前を、勝子の手を曳いて歩いている信子は、家の中で肩縫揚げのしてある衣服を着て、足をにょきにょき出している彼女とまるで違っておとなに見えた。その隣に姉が歩いている。彼は姉が以前より少し痩せて、いくらかでも歩き振りがよくなったと思っ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・やはり切り崩された赤土のなかからにょきにょき女の腿が生えていた。「○○の木などあるはずがない。何なんだろう?」 いつか友人は傍にいなくなっていた。―― 行一はそこに立ち、今朝の夢がまだ生なましているのを感じた。若い女の腿だった。・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 二 北方の国境の冬は、夜が来るのが早かった。 にょきにょきと屋根が尖った、ブラゴウエシチェンスクの市街は、三時半にもう、デモンストレーションのような電灯の光芒に包まれていた。 郊外には闇が迫ってきた。 厚さ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・深夜の山の杉の木は、にょきにょき黙ってつっ立って、尖った針の梢には、冷い半月がかかっていた。なぜか、涙が出た。しくしく嗚咽をはじめた。おれは、まだまだ子供だ。子供が、なんでこんな苦労をしなければならぬのか。 突然、傍のかず枝が、叫び出し・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・胴だけが、にょきにょき長く伸びて、手足がいちじるしく短い。亀のようである。見られたものでなかった。そのような醜い形をして、私が外出すればかならず影のごとくちゃんと私につき従い、少年少女までが、やあ、へんてこな犬じゃと指さして笑うこともあり、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らかい緑の茎に紫色の隈取りがあって美しい。なまで噛むと特徴ある青臭い香がする。 年取った祖母と幼い自分とで宅の垣根をせせ・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
出典:青空文庫