・・・このような小説があったなら、千年万年たっても、生きて居る。人工の極致と私は呼ぶ。 鋭い眼をした主人公が、銀座へ出て片手あげて円タクを呼びとめるところから話がはじまり、しかもその主人公は高まいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦をつぶさ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・きょう以後「人工の美」という言葉をこそ使うがよい。いかに天衣なりといえども、無縫ならば汚くて見られぬ。 附言する。かかる全き放心の後に来る、もの凄じきアンニュイを君知るや否や。世渡りの秘訣 節度を保つこと。節度を保つこと・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・またその試験というのが人工的に無闇に程度を高く捻じり上げたもので、それに手の届くように鞭撻された受験者はやっと数時間だけは持ちこたえていても、後ではすっかり忘れて再び取りかえす事はない。それを忘れてしまえば厄介な記憶の訓練の効果は消えてしま・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・この脚下の一と山だけのものをでも、人工で築き上げるのは大変である。一つ一つの石塊を切り出し、運搬し、そうしてかつぎ上げるのは容易でない。しかし噴火口から流れ出した熔岩は、重力という「鬼」の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・何となく人工的な感じのする点がこの池を有名にしているかと思われた。しかし、紅葉の季節に見直すといいかもしれない。同じ道を引返して帝国ホテルで昼飯を食ってから、今度は田代池というのを見に行った。赤あかさびの浮いた水には妙に無気味な感覚があって・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 人工映画 実在の人間や動物や家屋や景色や、あるいは実在なものの代用をするセットの類をショットの標的とする普通の映画のほかに、全くこれら実在のものを使わずそのかわりに黒い紙を切り抜いたシルエットの人形と背景を使った「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そう想像することによって隊員の忍苦の長い時間的経過を味わうことができる。 バードが極飛行から無事に屯営に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そうして、過去にあったあらゆる具体的の場合を験査し、またいろいろな場合を人工的に作るために「実験」を行なった。それらの経験と実験の、すべての結果を整理し排列して最後にそれらから帰納して方則の入り口に達した。 文学は、そういう意味での「実・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 火事は人工的災害であって地震や雷のような天然現象ではないという簡単明瞭な事実すら、はっきり認識されていない。火事の災害の起こる確率は、失火の確率と、それが一定時間内に発見され通報される確率によって決定されるということも明白に認められて・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・そういう人工的な音を響かせてそうしてそれを聞いてみて、それがもし本来の言葉とほぼ同じように「聞こえ」たとしたなら、その時にはじめて上記の考えがだいたいに正しいということになるであろう。 これはあまりにも勝手な空想であるが、こうした実験も・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
出典:青空文庫