・・・すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開けて、例の立退き請求の三百が、玄関の開いてた障子の間から、ぬうっと顔を突出した。「まあお入りなさい」彼は少し酒の気の廻っていた処なので、坐ったなり元気好く声をかけた。「否もうこゝで結構です・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 鼻眼鏡でぬうっと澄ましていて、そうして何でも実によく知っているルーベンスの傍に、無邪気で気軽く明るいプランクがいて、よくわれわれでも知っているような実験的の事実を知らないで質問する、若い連中が得意になってそれを説明するのを感心して謹聴・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・低い、影の蹲ったようないら草の彼方此方から、巨大な仙人掌がぬうっと物懶く突立っていた。 高さ十五呎もある其等の奇怪な植物は、広い砂漠の全面を被う墓標のように見えた。凝っと立ち、同化作用も営まない。―― そうかと思うと、彼等は俄に生き・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
出典:青空文庫