・・・それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」と書いてあって、ちい・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・勿論お母様に御話しすれば、直ぐすべては、はっきり解るようになるでしょう。けれども、先に申した通り政子さんは、芳子さんの御両親のお世話に成っている人です。それですから、若し何か政子さんが思い違いしていた事が分ってひどくお小言でも戴くと、只さえ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・主人と犬との間にひとりでに生じる感情の疎通で、いつとなく互に要求が解るだけでよい。故意と仕込むのは、植木に盆栽と云う変種を作って悦ぶ人間のわるい小細工としか思われない。世にも胸のわるいのは、欧州婦人がおもちゃにする、小さな、ひよわい、骸骨に・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・をこしらえたのもこのミュンヘン修学時代であるし、自分の芸術的表現はスケッチや銅版画に最もよく発揮されることを自覚して、塗ること、即ち油絵具の美しく派手な効果を狙うことは、自分の本来の領域でないという確信を得たのも同じ時代のことである。 ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・それは先生が藤岡東圃の子供をなくしたのに同情して、自分が子供をなくした経験を書いていられる文章を見ても解る。哲学者で宇宙の真理を考えているのだから、子供をなくした悲しみぐらいはなんでもなく超越できるというのではないのだ。実に人間的に率直に悲・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫