・・・ ある日私は年少の友と電車に乗っていました。この四月から私達に一年後れて東京に来た友でした。友は東京を不快がりました。そして京都のよかったことを云い云いしました。私にも少くともその気持に似た経験はありました。またやって来た々直ぐ東京が好・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ああ年少の夢よ、かの蒼空はこの夢の国ならずや、二郎も貴嬢もこのわれもみなかの国の民なるべきか、何ぞその色の遠くして幽かに、恋うるがごとく慕うがごとくはたまどろむごとくさむるがごときや。げにこの天をまなざしうとく望みて永久の希望語らいし少女と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・自分は日あたりを避けて楢林の中へと入り、下草を敷いて腰を下ろし、わが年少画家の後ろ姿を木立ちの隙からながめながら、煙草に火をつけた。 小山は黙って描く、自分は黙って煙草をふかす、四囲は寂然として人声を聞かない。自分は懐から詩集を取り出し・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・資性正大にして健剛な日蓮の濁りなき年少の心には、この事実は深き疑団とならずにはいなかったろう。何故に悪が善に勝つかということほど純直な童心をいたましめるものはないからだ。 彼は世界と人倫との究竟の理法と依拠とを求めずにはいられなかった。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ しかし、この時の独歩の体内に流れていた血は、明かに支配階級に属する年少気鋭の忠勇なる士官のそれと異らないものであった。だから彼は、陸兵が敵地にまんまと上陸し得たことを痛快々々! と叫び、「吾れ実に大日本帝国のために万歳を三呼せずんばあ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・その児の生育のためには、母はたのしんでその心血をしぼるのである。年少の者が、かくして自己のために死に抗するのも自然である。長じて、種のために生をかろんずるにいたるのも、自然である。これは、矛盾ではなくして、正当の順序である。人間の本能は、か・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・隣村からわざわざ嫂や姪や私の娘を見にやって来てくれた人もあったが、私と同年ですでに幾人かの孫のあるという未亡人が、その日の客の中での年少者であった。 しかし、一同が二階に集まって見ると、このお婆さんたちの元気のいい話し声がまた私をびっく・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・大塚さんがこの子息におせんを紹介した時は、若い母の方が反って年少だった。 湯島の家の方で親子揃って食った時のことが浮んで来た。この同じ食卓があの以前の住居に置いてある。青蓋の洋燈が照している。そこには嫁いて来たばかりのおせんが居る。彼女・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・たち拠らば大樹の陰、たとえば鴎外、森林太郎、かれの年少の友、笠井一なる夭折の作家の人となりを語り、そうして、その縊死のあとさきに就いて書きしるす。その老大家の手記こそは、この「狂言の神」という一篇の小説に仕上るしくみになっていたのに、ああ、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・自信が無いとは言っても、それはまた別な尺度から言っている事で、何もこんな一面識も無い年少の者から、これ程までにみそくそに言われる覚えは無いのである。 私は立って着物の裾の塵をぱっぱっと払い、それから、ぐいと顎をしゃくって、「おい、君・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫