・・・日中のこのこ出られますか。何、志はそれで済むからこの石の上へ置いたなり帰ろうと、降参に及ぶとね、犬猫が踏んでも、きれいなお精霊が身震いをするだろう。――とにかく、お寺まで、と云って、お京さん、今度は片褄をきりりと端折った。 こっちもその・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 断り無しに持って来た荷物を売りはらった金で、人力車を一台購い、長袖の法被に長股引、黒い饅頭笠といういでたちで、南地溝の側の俥夫の溜り場へのこのこ現われると、そこは朦朧俥夫の巣で、たちまち丹造の眼はひかり、彼等の気風に染まるのに何の造作・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ そう不遜に呟いてみたが、だからといって昔のスタイルがのこのこはびこるのは自慢にもなるまい。仏の顔も二度三度の放浪小説のスタイルは、仏壇の片隅にしまってもいいくらい蘇苔が生えている筈だのに、世相が浮浪者を増やしたおかげで、時を得たりと老・・・ 織田作之助 「世相」
・・・千代は稗田のあとについてのこのこ家の中へはいった。一時間して照井が帰って来た。白崎とは駅まで一緒だったが、奴さん、改札口で手間取っているから置いて来たと照井は笑った。白崎は半時間経って帰った。「半時間も改札嬢と話してたのか」 三人が・・・ 織田作之助 「電報」
・・・なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である。 空は蒸暑い雲が湧きいでて、雲の奥に雲が隠れ、雲と雲との間の底に蒼空が現われ、雲・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・すると、ふいに一とむれの牛が湖水の中からうき上って、のこのことこちらへ向って歩いて来ました。 ギンはそれを見て、ひょっとすると、あの牛の後から湖水の女が出て来るのではないかと思いながら、じっと見ていますと、ちゃんとそのとおりに、間もなく・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・廊下へ出て、のこのこ離れの方へ行ってみる。麓の家で方々に白木綿を織るのが轡虫が鳴くように聞える。廊下には草花の床が女帯ほどの幅で長く続いている。二三種の花が咲いている。水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・などと、まことに下手なほめ方をして外套を脱ぎ、もともと、もう礼儀も何も不要な身内の家なのですから、のこのこ上り込んで炉傍に大あぐらをかき、「ばばちゃは、寝たか。」とたずねます。 圭吾には、盲目の母があるのです。「ばばちゃは、寝て・・・ 太宰治 「嘘」
・・・ 一ばん近くの汚い茶店にのこのこはいって行って、腰をおろす。「何か、たべたいね。」「そうですね。甘酒かおしるこか。」「何か、たべたいね。」「さあ、ほかに何も、おいしいものなんて、ないでしょう?」「親子どんぶりのような・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 喫茶店で、葡萄酒飲んでいるうちは、よかったのですが、そのうちに割烹店へ、のこのこはいっていって芸者と一緒に、ごはんを食べることなど覚えたのです。少年は、それを別段、わるいこととも思いませんでした。粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫