・・・余は主の摂理願くば彼と彼女との上に裕かにして、嫉みによりて破られし総てが愛によりて酬はれん事を望むや切なり。……」 後年、有島武郎が客観的に見れば平凡と云い得る女主人公葉子に対して示した作家的傾倒の根源は既に遠い昔に源をもっているこ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・よしや由緒があろうとも、おぬしの身に着けている物の中で、わしが望むのは大小ばかりじゃ。ぜひくれい」と言った。「いや、そうはならぬ。命ならいかにも棄ちょう。家の重宝は命にも換えられぬ」と蜂谷は言った。「誓言を反古にする犬侍め」と甚五郎がののし・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧が朦朧と立ち込めてほんの特許に木下闇から照射の影を惜しそうに泄らし、そして山気は山颪の合方となッて意地わるく人の肌を噛んでいる。さみしさ凄さはこればかり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・何ぜなら、もしも然るがように新時代の意義が生活の感覚化にありとするならば、いかなるものと雖もそれらの人々のより高きを望む悟性に信頼し、より高遠な、より健康な生活への批判と創造とをそれらの人々に強いるべきが、新しき生活の創造へわれわれを展開さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・私の心は石のように固まって、ただ温められ融かされる事を望むばかりです。私にとっては一つの憂愁を切り抜ける事はいくらかの成長になります。しかしそのために私はある時の間冷たい人間になっています。 実際私たちのような仕事を選んだ者は、ある一つ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・体得した真理は直ちに肉体の上に強い力と権威とをもって臨むごときものでなくてはならぬ。すべてが融然として一つである。 千数百年以前にわが国へ襲来した仏教の文化はまさにかくのごときものであった。それはただ一つの新しい宗教であるというだけでは・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫