・・・腰から上をのめるように前に出して、両手をまたその前に突出して泳ぐような恰好をしながら歩こうとしたのですが、何しろひきがひどいので、足を上げることも前にやることも思うようには出来ません。私たちはまるで夢の中で怖い奴に追いかけられている時のよう・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・噛み合うように固く胸高に腕ぐみをして、上体をのめるほど前にかしげながら、泣かんばかりの気分になって、彼はあのみじめな子供からどんどん行く手も定めず遠ざかって行った。 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 黒小袖の肩を円く、但し引緊めるばかり両袖で胸を抱いた、真白な襟を長く、のめるように俯向いて、今時は珍らしい、朱鷺色の角隠に花笄、櫛ばかりでも頭は重そう。ちらりと紅の透る、白襟を襲ねた端に、一筋キラキラと時計の黄金鎖が輝いた。 上が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ お酌はこの方が、けっく飲める。 夜は長い、雪はしんしんと降り出した。床を取ってから、酒をもう一度、その勢いでぐっすり寝よう。晩飯はいい加減で膳を下げた。 跫音が入り乱れる。ばたばたと廊下へ続くと、洗面所の方へ落ち合ったらしい。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・かし再び意識をとり戻した彼が、勇敢にも駈け出した途端に両手に煉瓦を持つて待ちぶせてゐた一人が、立てつづけに二個の煉瓦を投げつけ、ひるむところをまたもや背後から樫棒で頭部を強打したため、かの警官はつひにのめるやうにぶつ倒れたのだ。とこ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、しかし、どうして、こんな珈琲の原料が手にはいるんだろう」 と驚くばかりである。 といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・が、世間の人は、酒が飲めるということを、しあわせの規準にしているのか、「好きなものを、いやという程飲んだから、思い残しはないだろう」 と、いうような慰め方をしていた。 棺桶の中にも酒をつめた瓢箪が入れられた。「この酒も入れて・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 成程手も挙げられる、吸筒も開けられる、水も飲めることは飲めもするが、この重い動かぬ体を動かすことは? いや出来ようが出来まいが、何でも角でも動かねばならぬ、仮令少しずつでも、一時間によし半歩ずつでも。 で、弥移居を始めてこれに一朝全潰・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・なれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何はなくとも地酒一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事なりと。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「太郎さんもすこしは飲めるように、なりましたろうか。」と、私は半分串談のように。「えゝ、太郎さんは強い。」それが森さんの返事だった。「いくら飲んでも太郎さんの酔ったところを見た事がない。」 その時、私は森さんから返った盃を太郎の・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫