・・・「私も小諸へ来ましてから、いくらかお酒が飲めるように成りました」「でしょう。一体にこの辺の人は強酒です。どうしても寒い国の故でしょうネ。これで塾では誰が強いか。正木さんも強いナ」 高瀬は酒が欲しくないと言って唯話相手に成っていた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・早くよくなって、また二、三合の酒を飲めるようになりたいと思います。お酒を飲まないと、夜、寝てから淋しくてたまりません。地の底から遠く幽かに、けれどもたしかに誰かの切実の泣き声が聞えて来て、おそろしいのです。 そのほか私の日常生活に於いて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・これで、とにかく一本は飲める。けれども、おやじは無慈悲である。しわがれたる声をして、「豚の煮込みもあるよ。」「なに、豚の煮込み?」老紳士は莞爾と笑って、「待っていました。」と言う。けれども内心は閉口している。老紳士は歯をわるくしてい・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・ 丸山君は、それからも、私のところへ時々、速達をよこしたり、またご自身迎えに来てくれたりして、おいしいお酒をたくさん飲めるさまざまの場所へ案内した。次第に東京の空襲がはげしくなったが、丸山君の酒席のその招待は変る事なく続き、そうして私は・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・くだものを食べると、酔いがさめて、また大いに飲めるようになるよ」 私は彼がこの調子で、ぐいぐいウイスキイを飲み、いまに大酔いを発し、乱暴を働かないまでも、前後不覚になっては、始末に困ると思い、少し彼を落ちつかせる目的を以て、梨の皮などを・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・食物でも肉類などはあまり好きでなかったのが運動をやり出してから、なんでも好きになり、酒もあの頃から少し飲めるようになった。前には人前に出るとじきにはにかんだりしたのが、校友会で下手な独唱を平気でするようになった。なんだか自分の性情にまで、著・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・朝一遍田を見廻って、帰ると宅の温かい牛乳がのめるし、読書に飽きたら花に水でもやってピアノでも鳴らす。誰れに恐れる事も諛う事も入らぬ、唯我独尊の生涯で愉快だろうと夢のような呑気な事を真面目に考えていた。それで肺炎から結核になろうと、なるまいと・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・坂を下りて見ると不忍弁天の社務所が池の方へのめるように倒れかかっているのを見て、なるほどこれは大地震だなということがようやくはっきり呑込めて来た。 無事な日の続いているうちに突然に起った著しい変化を充分にリアライズするには存外手数が掛か・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・「人ごとに、我が身にうとき事をのみぞこのめる」云々の条は、まことに自分のような浮気ものへのよい誡めであって、これは相当に耳が痛い。この愚かな身の程をわきまえぬ一篇の偶感録もこのくらいにして差控えるべきであろう。 ある日の午前に日比谷近く・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・酒も飲める。食事をしながら舞台の踊を見ることができるようになっていた。また廊下から地下室へ下りて行くと、狭い舞台があって、ここでは裸体の女の芸を見せる。しかしこういう場所の話は公然人前ではしないことになっている。下宿屋の食堂なんぞでもそんな・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫