・・・これまでの銃声にまじって、また別の異った太く鈍い銃声がひびいてきた。百姓が日本の兵士に抵抗して射撃しだしたのだ。「やはり、パルチザンだったですね、一寸、抵抗しだしました。」 副官は、事もなげに笑った。「おや! おや! 今度は、日・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・身体と身体が床の上をずる音がして、締め込みでもされているらしいつまった鈍い声が聞えた。――瞬間、今迄喧しかった監房という監房が抑えられたようにシーンとなった。俺は途中まで箸を持ちあげたまゝ、息をのんでいた。 と、――その時、誰か一人が突・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・のお来臨と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日と詞約えて裏口から逃しやッたる跡の気のもめ方もしや以前の歌川へ火が附きはすまいかと心配ありげに撲いた吸殻、落ちかけて落ちぬを何の呪いかあわてて煙草を丸め込みその火でまた・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ここに至って私は自分の強梁な知識そのものを呪いたくなる。五 自分は何らの徹底した人生観をも持っていない。あらゆる既存の人生観はわが知識の前にその信仰価を失う。呪うべきはわが知識であるとも思うが、しかたがない。何らかの威力が迫・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・青い目で空を仰ぐような事もない。鈍い、悲しげな、黒い一団をなして、男等は並木の間を歩いている。一方には音もなくどこか不思議な底の方から出て来るような河がある。一方には果もない雪の原がある。男等の一人で、足の長い、髯の褐色なのが、重くろしい靴・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・鳴ったりして、やっとの事で皆を引き連れ、エジプト脱出に成功したが、それから四十年間荒野にさまよい、脱出してモーゼについて来た百万の同胞は、モーゼに感謝するどころか、一人残らずぶつぶつ言い出してモーゼを呪い、あいつが要らないおせっかいをするか・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・枝の生えかたがちがうし、それに、木肌の日の反射のしかただって鈍いじゃないか。もっとも、芽が出てみないと判らぬけれど。」 私は立ったまま、枯木へ寄りかかって彼に尋ねた。「どうして芽が出ないのだ。」「春から枯れているのさ。おれがここ・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・と極度の疲労のため精神朦朧となり、君子の道を学んだ者にも似合わず、しきりに世を呪い、わが身の不幸を嘆いて、薄目をあいて空飛ぶ烏の大群を見上げ、「からすには、貧富が無くて、仕合せだなあ。」と小声で言って、眼を閉じた。 この湖畔の呉王廟は、・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 紙の色は鈍い鼠色で、ちょうど子供等の手工に使う粘土のような色をしている。片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射を見せてゐる水の面を、十羽ばかりの雁が緩やかに往来してゐる。中には停止して動かぬのもある。」 此の景は池之端七軒町から茅町に到るあたりの汀から池を見たものであろう。作者は此の景・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫