・・・一と三の烏、同時に跪いて天を拝す。風一陣、灯はじめ、月なし、この時薄月出づ。舞台明くなりて、貴夫人も少紳士も、三羽の烏も皆見えず。天幕あるのみ。画工、猛然として覚む。魘われたるごとく四辺をみまわし、慌しく画の包をひらく、衣兜・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・三日、癸卯、晴、鶴岳宮の御神楽例の如し、将軍家御疱瘡に依りて御出無し、前大膳大夫広元朝臣御使として神拝す、又御台所御参宮。十日、庚戌、将軍家御疱瘡、頗る心神を悩ましめ給ふ、之に依つて近国の御家人等群参す。廿九日、己巳、雨降る、将軍家御平癒の・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・「◎偏狭非文明的なるビジテリアンを排す。マルサスの人口論は、今日定性的には誰も疑うものがない。その要領は人類の居住すべき世界の土地は一定である、又その食料品は等差級数的に増加するだけである、然るに人口は等比級数的に多くなる。則ち・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 檜の林にかこまれた大神官の淋しい香りの満ち満ちた神殿に白衣の身を伏せて神を拝すのはこの人でなければならない様にさえ私には思えた。 私は、五十前の神官に祈られる気はしないし又大きらいだと云う。 若い――少なくともまだ働ける年の男・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・をなさったことが御ありですか、 私は、貴いものを拝すようにもう一遍その白毛の小靴をまるめて、箱に入れた。 が、此丈で私の感動は静まらない。小さい“The Bubble book”の裏に自分は此那文句をかきつけた。木の葉 ・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・しかしきょうはもう廃す気になっていた。「いや。もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫