・・・いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目の冴え冴えしたちょっと唇に癖のある、――まあ活動写真にすれば栗島澄子の役所なのです。夫の外交官も新時代の法学士ですから、新派悲劇じみたわからずやじゃありません。学生時代にはベエスボールの選手だった、その・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・『増長驕慢、尚非世俗白衣所宜。』艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。その心さえ除いてしまえば、この粟散辺土の中にも、おれほどの苦を受けているものは、恒河沙の数より多いかも知れぬ。いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流さ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・そして崩れた波はひどい勢いで砂の上に這い上って、そこら中を白い泡で敷きつめたようにしてしまうのです。三人はそうした波の様子を見ると少し気味悪くも思いました。けれども折角そこまで来ていながら、そのまま引返すのはどうしてもいやでした。で、妹に帽・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・其の間に白帽白衣の警官が立ち交って、戒め顔に佩劔を撫で廻して居る。舳に眼をやるとイフヒムが居た。とぐろを巻いた大繩の上に腰を下して、両手を後方で組み合せて、頭をよせかけたまま眠って居るらしい。ヤコフ・イリイッチはと見ると一人おいた私の隣りに・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・もしこの椅子のようなものの四方に、肘を懸ける所にも、背中で倚り掛かる所にも、脚の所にも白い革紐が垂れていなくって、金属で拵えた首を持たせる物がなくって、乳色の下鋪の上に固定してある硝子製の脚の尖がなかったなら、これも常の椅子のように見えて、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後の、汀が崩れて、草の根のまだ白い泥土の欠目から、楔の弛んだ、洪水の引いた天井裏見るような、横木と橋板との暗い中を見たが何もおらぬ。……顔を倒にして・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 燈一つに附着合って、スッと鳥居を潜って来たのは、三人斉しく山伏なり。白衣に白布の顱巻したが、面こそは異形なれ。丹塗の天狗に、緑青色の般若と、面白く鼻の黄なる狐である。魔とも、妖怪変化とも、もしこれが通魔なら、あの火をしめす宮奴が気絶を・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・内のこの人々に瞻られ、室外のあのかたがたに憂慮われて、塵をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣を絡いて、死骸のごとく横たわれる、顔・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 時に、勿体ないが、大破落壁した、この御堂の壇に、観音の緑髪、朱唇、白衣、白木彫の、み姿の、片扉金具の抜けて、自から開いた廚子から拝されて、誰が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖、裳に紛いつつ、銑吉が参らせた蝋燭の灯に、格天井・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 不時の回診に驚いて、ある日、その助手たち、その白衣の看護婦たちの、ばらばらと急いで、しかも、静粛に駆寄るのを、徐ろに、左右に辞して、医学博士秦宗吉氏が、「いえ、個人で見舞うのです……皆さん、どうぞ。」 やがて博士は、特等室・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
出典:青空文庫