・・・ 御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子、素袍の五人囃子のないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部、轅の車まで、金高蒔絵、青貝を鏤めて隙間なく並べた雛壇に較べて可い。ただ緋毛氈のかわりに、敷・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ と一口がぶりと遣って、悵然として仰反るばかりに星を仰ぎ、頭髪を、ふらりと掉って、ぶらぶらと地へ吐き、立直ると胸を張って、これも白衣の上衣兜から、綺麗な手巾を出して、口のまわりを拭いて、ト恍惚とする。「爽かに清き事、」 と黄色い・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・恐ろしいような、面白いような、いうにいわれない一種の強い刺戟に打たれた。 遠く亀戸方面を見渡して見ると、黒い水が漫々として大湖のごとくである。四方に浮いてる家棟は多くは軒以上を水に没している。なるほど洪水じゃなと嗟嘆せざるを得なかった。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・しかし僕は三味線の浮き浮きした音色を嫌いでないから、かえって面白いところだと気に入った。 僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになかった。隣りの料理屋の地面から、丈の高いいちじくが繁り立って、僕の二階の家根を上までも越している・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「女の写真屋は面白い。が、あるかネ、技師になる適当の女が?」というと、さもこそといわぬばかりに、「ある、ある、打って付けのお誂え向きという女がある。技術はこれから教育まにゃならんが、技術は何でもない。それよりは客扱い――髯の生えた七難か・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その目には遠方に女学生の白いカラが見える。それをきのう的を狙ったように狙って打っている。その白いカラの外には、なんにも目に見えない。消えてしまったようである。自分の踏んでいる足下の土地さえ、あるかないか覚えない。 突然、今自分は打ったか・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ そこに大きなテーブルが置いてあって、水晶で造ったかと思われるようなびんには、燃えるような真っ赤なチューリップの花や、香りの高い、白いばらの花などがいけてありました。テーブルに向かって、ひげの白いじいさんが安楽いすに腰かけています。かた・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・私は寝床の中から見ると薄暗くて顔は分らぬが、若い背の高い男で、裾の短い着物を着て、白い兵児帯を幅広に緊めているのが目に立つ。手に塗柄のついた馬乗提灯を下げて、その提灯に何やら書いてあるらしいが、火を消しているので分らなかった。その男はしばら・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・と自分で叫びながら、漸く、向うの橋詰までくると、其処に白い着物を着た男が、一人立っていて盛に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図見ると、交番所の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・ 翌朝眼がさめると、白い川の眺めがいきなり眼の前に展けていた。いつの間にか雨戸は明けはなたれていて、部屋のなかが急に軽い。山の朝の空気だ。それをがつがつと齧ると、ほんとうに胸が清々した。ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。夜になれ・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫