・・・と思いましたが、瞳孔を見てやろうにも私は眼が悪くてはっきり解りません。「こりゃ、ヒョットすると今晩かも知れぬ、寝て居るどころでは無い」と、直ぐ家を飛び出して半丁程離れた弟の家へ行き懐中電燈を持って直ぐ来て呉れと言って、また走って帰りました。・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そしてそれがだんだんはっきりして来るんですが、思いがけなくその男がそこに見出したものはベッドの上にほしいままな裸体を投げ出している男女だったのです。白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ち騰っている煙は男がベッドで燻らしている葉巻・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ただ以上の事だけがはっきりと頭に残っているのです。 木村はその後二月ばかりすると故郷へ帰らなければならぬ事になり、帰りました。 そのわけはなんであろうか知りませんが、たぶん学資のことだろうと私は覚えています。そして私には木村が、たと・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「すかしが一寸、はっきりしていないだろう。」貯金掛の字のうまい局員が云った。「さあ。」「それは紙の出どころが違うんだ。札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。」「一寸見ると、殆んど違わないね。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・とのように喜んだ、「山崎の息子さんは執行猶予で出るよ!」――次はお前の妹だ。「私は今でもちっとも変りません。*********心積りです。」とはっきりと答えた。裁判長は苦りきった顔をした。妹はそして椅子に坐る拍子に、何故か振りかえって、お母・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ とうとう私には娘のわがままを許せるほどのはっきりした理由も見当たらずじまいであった。私は末子の「洋服」を三郎の「早川賢」や「木下繁」にまで持って行って、娘は娘なりの新しいものに迷い苦しんでいるのかと想ってみた。時には私は用達のついでに・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ ピサゴラスという人は、どんな人で、どんなことを説いたかということは、今ははっきり分っておりません。ただ、この派の学徒たちは、すべて感情を殺すということ、その中でもとりわけ怒を押えること、そして、どんな苦しいことでも、じっとがまんすると・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・此物語の中にも沢山そう云う処がありますが、判り難そうな場処は言葉を足して、はっきり訳しました。此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・姉さん、はっきり言って呉れ、おらあ、いい子だな、な、いい子だろう? おふくろなんて、なんにも判りゃしないのだ。…… 私は、障子を少しあけて、小路を見おろす。はじめ、白梅かと思った。ちがった。その弟の白いレンコオトだった。 季節はずれ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・チルナウエルも気の利いた男でポルジイも物をはっきり言う男だからである。そのはっきり言うのは、軍隊で命令をしつけているからである。 チルナウエルは地図、旅行案内、紹介状、旅行券を受け取った。紹介状はどこで誰に渡せと云うことを、一々はっきり・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫