・・・「一億一心」「滅私奉公」「八紘一宇」のスローガンを、かりにも批判し分析する者は非国民とされ国賊とされ、赤とされた。そして、治安維持法と戦時特別取締法とが、大きい残虐な口をあいて、それらの人々を噛みくだいた。見せしめとして。人々の理性を、恐怖・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・夕方の六時から真夜中まで働き、昼は寝、捏粉の発酵するのを待つ間とパンが炉の中で焼けるのを待つ間しかゴーリキイは本が読めなかった。書けなかった。彼はその間でしばしば考えた。「一体、俺はこれからどうなるのだろう。」 この重い時期に、彼にとっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・彼女の内の発光体の眩ゆさで自分も外界も見えぬ。 ○ 油井は、お清夫婦とみのえを誘って活動写真など見物に出かけた。「もうこれから帰るの面倒くさくなっちゃった。泊めて下さい」 そう云う翌朝、みのえ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・封建的な恋愛、結婚、家庭生活の重みに反撥することから、進歩的見解をもつ若い人々が我知らず機械的唯物論に陥ったり、アナーキスティックな放縦へ墜落したりすることの多い現代の分解的・醗酵的雰囲気の中では、このことは特に大切であると思われる。 ・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・たとえばキュリー夫人のラジウムにしろ、もし彼女とその卓抜な夫のピエールとがある発光体に最初の注意をひきつけられてゆかなかったとしたらば、彼女の不撓な根気強さもラジウムに到達することはなかった。 こうして考えてみると、現実を知っているとい・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリンで、書籍としての発行を許しているばかりではない、舞台での興行を平気でさせている、頗る甘い脚本であった。 しかしそれは三面記者の書いた事である。木村は新聞社の・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 右のファウスト考とファウスト作者伝とは訳本ファウストと同じ体裁にして訳本を発行した富山房から発行して貰うように、私は要求して置いた。これはまだ実行はせられぬが、多分そうなる事だろうと思う。この二つの本が出ると、外の訳書の初や終に書き添・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・象の交互作用を端的に投擲することに於て、また如実派の或る一部、例えば犬養健氏の諸作に於けるがごとく、官能の快朗な音楽的トーンに現れた立体性に、中河与一氏の諸作に於けるが如く、繊細な神経作用の戦慄情緒の醗酵にわれわれは屡々複雑した感覚を触発さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
一 我々は創作者として活らく時、その創作の心理を観察するだけの余裕を持たない。我々はただ創作衝動を感ずる。内心に萌え出たある形象が漸次醗酵し成長して行くことを感ずる。そうして我々はハッキリつかみ、明確に表現しようと努力する。そこ・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫