・・・(ここまで話すと、電車が品川へ来た。自分は新橋で下りる体である。それを知っている友だちは、語り完らない事を虞 それから、写真はいろいろな事があって、結局その男が巡査につかまる所でおしまいになるんだそうだ。何をしてつかまるんだか、お徳・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・しかし手離すことだけは、ごめん蒙りたい」と言ったそうです。それがまた気を負った煙客翁には、多少癇にも障りました。何、今貸してもらわなくても、いつかはきっと手に入れてみせる。――翁はそう心に期しながら、とうとう秋山図を残したなり、潤州を去るこ・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・――さあ、左の手を放すのだよ。」 権助はその言葉が終らない内に、思い切って左手も放しました。何しろ木の上に登ったまま、両手とも放してしまったのですから、落ちずにいる訣はありません。あっと云う間に権助の体は、権助の着ていた紋附の羽織は、松・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・が、それだけなら、ともかくも金で埓の開く事ですが、ここにもう一つ不思議な故障があるのは、お敏を手離すと、あの婆が加持も占も出来なくなる。――と云うのは、お島婆さんがいざ仕事にとりかかるとなると、まずその婆娑羅の大神をお敏の体に祈り下して、神・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球がの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙ってい・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ この刹那から後は、フレンチはこの男の体から目を離すことが出来ない。この若々しい、少しおめでたそうに見える、赤み掛かった顔に、フレンチの目は燃えるような、こらえられない好奇心で縛り附けられている。フレンチのためには、それを見ているのが、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 静に放すと、取られていた手がげっそり痩せて、着た服が広くなって、胸もぶわぶわと皺が見えるに、屹と目をみはる肩に垂れて、渦いて、不思議や、己が身は白髪になった、時に燦然として身の内の宝玉は、四辺を照して、星のごとく輝いたのである。 ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ だって、今だから話すんだけれど、その蚊帳なしで、蚊が居るッていう始末でしょう。無いものは活計の代という訳で。 内で熟としていたんじゃ、たとい曳くにしろ、車も曳けない理窟ですから、何がなし、戸外へ出て、足駄穿きで駈け歩行くしだらだけ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 炎というだが、変な火が、燃え燃え、こっちへ来そうだで、漕ぎ放すべいと艪をおしただ。 姉さん、そうすると、その火がよ、大方浪の形だんべい、おらが天窓より高くなったり、船底へ崖が出来るように沈んだり、ぶよぶよと転げやあがって、船脚へつ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・と切って放すと、枝も葉も萎々となって、ばたり。で、国のやみが明くなった――そんな意味だったと思います。言葉は気をつけなければ不可ませんね。 食不足で、ひくひく煩っていた男の児が七転八倒します。私は方々の医師へ駆附けた。が、一人も来ません・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
出典:青空文庫