・・・ 蘆の軸に、黒斑の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝と水が迸る。 鰒は多し、また壮に膳に上す国で、魚市は言うにも及ばず、市内到る処の魚屋の店に、春となると、この怪い魚を鬻がない処はない。 が、おかしな売方、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・七貫や八貫で手離すには当りゃせん。本屋じゃ幾干に買うか知れないけれど、差当り、その物理書というのを求めなさる、ね、それだけ此処にあれば可い訳だ、と先ず言った訳だ。先方の買直がぎりぎりの処なら買戻すとする。……高く買っていたら破談にするだ、ね・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・(掴ひしぐがごとくにして突離す。初の烏、どうと地に座す。三羽の烏はわざとらしく吃驚の身振地を這う烏は、鳴く声が違うじゃろう。うむ、どうじゃ。地を這う烏は何と鳴くか。初の烏 御免なさいまし、どうぞ、御免なさいまし。紳士 ははあ、御免な・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・女が手を離すのと、笊を引手繰るのと一所で、古女房はすたすたと土間へ入って行く。 私は腕組をしてそこを離れた。 以前、私たちが、草鞋に手鎌、腰兵粮というものものしい結束で、朝くらいうちから出掛けて、山々谷々を狩っても、見た数ほどの蕈を・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・お目に掛けましての上は、水に放すわいやい。」 と寄せた杖が肩を抽いて、背を円く流を覗いた。「この魚は強いぞ。……心配をさっしゃるな。」「お爺さん、失礼ですが、水と山と違いました。」 私も笑った。「茸だの、松露だのをちっと・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ずっと寄れ、さあこの身体につかまってその動悸を鎮めるが可い。放すな。」と爽かにいった言につれ、声につれ、お米は震いつくばかり、人目に消えよと取縋った。「婆さん、明を。」 飛上るようにして、やがてお幾が捧げ出した灯の影に、と見れば、予・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と馬鹿調子のどら声を放す。 ひょろ長い美少年が、「おうい。」 と途轍もない奇声を揚げた。 同時に、うしろ向きの赤い袖が飜って、頭目は掌を口に当てた、声を圧えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「何、あっちで放すものかね。――電報一本で、遠くから魔術のように、旅館の大戸をがらがらと開けさせて、お澄さんに、夜中に湯をつかわせて、髪を結わせて、薄化粧で待たせるほどの大したお客なんだもの。」「まあ、……だって貴方、さばき髪でお迎・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・さて行かんとして、お蔦衝と一方に身を離す。早瀬 どこへ行く。お蔦 一人々々両側へ、別れたあとの心持を、しみじみ思って歩行いてみますわ。早瀬 (頷お蔦 でも、もう我慢がし切れなくなって、私もしか倒れたら、駈けつけて下さ・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ と打棄り放す。 大提灯にはたはたと翼の音して、雲は暗いが、紫の棟の蔭、天女も籠る廂から、鳩が二三羽、衝と出て飜々と、早や晴れかかる銀杏の梢を矢大臣門の屋根へ飛んだ。 胸を反らして空模様を仰ぐ、豆売りのお婆の前を、内端な足取り、・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫