・・・体の肥って丸い、髪をぐるぐる巻にした私は、ドン・キホーテのところへと憐れに取急ぐサンチョ・パンザのように、瘠せて、脊高く勇ましい彼女に向って駆けつけるのだ――フダーヤは始めから釣れた魚を放すバケツは持ってゆかない。何故なら、彼女は賢くて、い・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・と云われてやっと離す。そのように覚えのよい、小心な、根気よいところあって、哀れ。 ○四つの子供がよく大人の言葉と表情を理解するだけでもおどろくべきものだ。 ○「ああ 一寸姐さん」と立つ関さんの後を 「ワアー たあたん」 ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ それを手離すと云う事はかなり辛かった。 さきだってまた、夜こそ更かすが朝もそんなに早くなし、嫌いな事さえしなければ怒られもしず時々は友達みたいに打ちとけて話す事さえあるほどだからあんまりい気持はしないにきまってる。 新らしい女・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ せっかく平和に戦後の生活を建設しようと努力している世界の人々を、強大な破壊力をもった新兵器をつくり出して、気にいらなければいつでもそれをぶっ放すぞという風におどかしている者があるとすれば、そのような狂気こそ世界の人類の理性の力で、・・・ 宮本百合子 「願いは一つにまとめて」
・・・しかし、去年の暮以来、母は若い時から自慢の直感で娘の夫からうけた感じはどこかへ押しこんでしまって、娘とその夫とを、自分から押し離すように行動した。 母にとっては自分をそのように行動させる真の動機がどういうものであるかということは恐らく考・・・ 宮本百合子 「母」
・・・病兵の喰べる「肉を骨から離す」事である。役所の規定は「食物は等分に分配すべし」とだけあって、配られたのが骨ばかりだったにしてもそれはその兵士の不運なのだし、ましてそれを噛む顎を弾丸にやられていたとすれば、それこそその兵の重なる不運と諦めるし・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ そう、人間は確かに祖国の土から、彼等の足を離す事は出来ない。人間である総ての者は彼等の祖国の土を思わずには居られない。 私は、日本人許りだと云うのではない。英吉利人だけだとは云わない。人間である。万人が万人の人間である。此の地殻の・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・かれはこの一件を話すがために知らぬ人を呼び止めたほどであった。今はかれも胸をなでた。しかるにまだ何ゆえともわかりかねながらどこかにかれを安からず思わしむるものがある。人々はかれの語るを聴いていてもすこぶるまじめでない。彼らはかれを信じたらし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ついでだから話すが、今の文壇というものは、鴎外陣亡の後に立ったものであって、前から名の聞こえて居た人の、猶その間に雑って活動しているのは、ほとんど彼ほととぎすの子規のみであろう。ある人がかつて俳諧は普遍の徳があるとか云ったが、子規の一派の永・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・それを見てからは、小川は暗示を受けたように目をその壁から放すことが出来ない。「や。あの裂けた紅唐紙の切れのぶら下っている下は、一面の粟稈だ。その上に長い髪をうねらせて、浅葱色の着物の前が開いて、鼠色によごれた肌着が皺くちゃになって、あいつが・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫