・・・ ふたたび目をつぶって笛を吹きますと、一人一人、異様な形をした人間が自分の身のまわりに飛び出して、笑ったり跳ねたり、話をはじめるのでした。 彼はふいに目を開きました。 そして、沖の方をながめますと、赤い船がいっそうはっきりとして・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・そして、なんでも、ほかのものに、捕らえられそうになったら、できるだけの力を出して、跳ねるのです。」と、母親は教えました。 一日ましに、水の中は暖かになりました。そして、もはや、陰気ではなくなり、じっとしてはいられないように、明るい、かが・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・更紗の掻巻を撥ねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座を掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして、少し腫みのある顔を悲しそうに蹙めながら、そっと腰の周囲をさすっているところは男前も何・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・救助網に撥ね飛ばされて危うく助かった豹一が、誰に貰ったのか、キャラメルを手に持ち、ひとびとにとりかこまれて、わあわあ泣いているところを見た近所の若い者が、「あッ、あれは毛利のちんぴらや」 と、自転車を走らせて急を知らせてくれ、お君が・・・ 織田作之助 「雨」
・・・種吉は、娘の頼みを撥ねつけるというわけではないが、別れる気の先方へ行って下手に顔見られたら、どんな目で見られるかも知れぬと断った。「下手に未練もたんと別れた方が身のためやぜ」などとそれが親の言う言葉かと、蝶子は興奮の余り口喧嘩までし、その足・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・顔も体格に相応して大きな角張った顔で、鬚が頬骨の外へ出てる程長く跳ねて、頬鬚の無い鍾馗そのまゝの厳めしい顔をしていた。処が彼が瞥と何気なしに其巡査の顔を見ると、巡査が真直ぐに彼の顔に鋭い視線を向けて、厭に横柄なのそり/\した歩き振りでやって・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・歩くのじゃなしに、揃えた趾で跳ねながら、四五匹の雀が餌を啄いていた。こちらが動きもしないのに、チラと信子に気づいたのか、ビュビュと飛んでしまった。――信子はそんな話をした。「もう大慌てで逃げるんですもの。しとの顔も見ないで……」 し・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 美しき秋の日で身も軽く、少女は唱歌を歌いながら自分よりか四五歩先をさも愉快そうに跳ねて行く。路は野原の薄を分けてやや爪先上の処まで来ると、ちらと自分の眼に映ったのは草の間から現われている紙包。自分は駈け寄って拾いあげて見ると内に百円束・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・山路三里は子供には少し難儀で初めのうちこそ母よりも先に勇ましく飛んだり跳ねたり、田溝の鮒に石を投げたりして参りますが峠にかかる半ほどでへこたれてしまいました。それを母が励まして絶頂の茶屋に休んで峠餅とか言いまして茶屋の婆が一人ぎめの名物を喰・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・丘から谷間にかけて、四五匹の豚が、急に広々とした野良へ出たのを喜んで、土や、雑草を蹴って跳ねまわっているばかりだ。「これじゃいかん!」「宇一め、裏切りやがったんだ!」留吉は歯切りをした。「畜生! 仕様のない奴だ。」 今、ぐず/\・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫