・・・小姓は跳ね起きた。「なるほど。目がさめておったら、水も汲んでやろう。じゃが枕を足蹴にするということがあるか。このままには済まんぞ」こう言って抜打ちに相役を大袈裟に切った。 小姓は静かに相役の胸の上にまたがって止めを刺して、乙名の小屋・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。紅の襞は鋭い線を一握の拳の中に集めながら、一揺れ毎に鐶を鳴らして辷り出した。彼は枕を攫んで投げつけた。彼はピラミッドを浮かべた寝台の彫刻へ広い額を擦りつけた。ナポレオンの汗はピラミッドの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・四つの足は跳ね合った。安次の死体は二人に蹴りつけられる度毎に、へし折れた両手を振って身を踊らせた。と、間もなく、二人は爆ぜた栗のように飛び上った。血が二人の鼻から流れて来た。「エーイくそッ。」「何にをッ。」 二人は再び一つに組み・・・ 横光利一 「南北」
・・・老人と子供と女房たちは綱に捕まって快活に跳ねている。誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこの光景を見まもった。海の力と戦う人間の姿。……集中と純一とが最も具体・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫