・・・喧嘩しながら居眠るほど、酔っていた男を正気の相手が刃物で、而も多人数で切ったのですから、ぼくの運がわるく、而も丹毒で苦しみ、病院費の為、……おやじの残したいまは只一軒のうちを高利貸に抵当にして母は、兄と争い乍ら金を送ってくれました。会社は病・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・気違いに刃物の譬えもあるなり。何をするかわかったものに非ず。弱き犬はよく人を噛むものなり。十六、死は敢えて厭うところのものに非ず。生き残った妻子は、ふびんなれども致し方なし。然れども今は、戦死の他の死はゆるされぬ。故に怺えて生きて居るな・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・この刃物を「シューライ」と名づける。これは前記のサンスクリトの「クシューラ」とよく似ている。これはたしかに不思議である。 床屋も不思議だがハタゴヤもなぜ旅館だかわからない。 ギリシアの宿屋が pandocheion でいくらか似てい・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・「人の刃物を出しおくれ」などにも同じような筆法が見られる。 また一方で、彼の探偵物には人間の心理の鋭い洞察によって事件の真相を見抜く例も沢山ある。例えば毒殺の嫌疑を受けた十六人の女中が一室に監禁され、明日残らず拷問すると威される、そうし・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・、またこれに連関した辻二郎君の光弾性的研究や、黒田正夫君のリューダー線の研究、大越諄君の刃物の研究等は、いずれも最も興味ありまた有益なものである。また一方山口珪次君の単晶のすべり面の研究なども合わせて参照さるべきものと思われる。また未発表で・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・縄でしばった南京袋の前だれをあてて、直径五寸もある大きな孟宗竹の根を両足の親指でふんまえて、桶屋がつかうせんという、左右に把手のついた刃物でけずっていた。ガリ、ガリ、ガリッ……。金ぞくのようにかたい竹のふしは、ときどきせんをはねかえしてから・・・ 徳永直 「白い道」
・・・という標題が目に触れたという冒頭が置いてあって、その次にこの無名式のいわゆる二十五日間が一字も変えぬ元の姿で転載された体になっている。 プレヴォーの「不在」という端物の書き出しには、パリーのある雑誌に寄稿の安受け合いをしたため、ドイツの・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・それからその御寺の傍に小刀や庖丁を売る店があって記念のためちょっとした刃物をそこで求めたようにも覚えています。それから海岸へ行ったら大きな料理店があったようにも記憶しています。その料理店の名はたしか一力とか云いました。すべてがぼんやりして思・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ そこで砥石に水が張られすっすと払われ、秋の香魚の腹にあるような青い紋がもう刃物の鋼にあらわれました。 ひばりはいつか空にのぼって行ってチーチクチーチクやり出します。高い処で風がどんどん吹きはじめ雲はだんだん融けていっていつかすっか・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・吉さが刃物をもって来ては一応かないそうもない。が、あそこにいる、命ばかりはお助けとはまたいえそうもない。ああ、昔の女侠客はそういう場合どうしたか、私も講談で知ってはいる。勇ましく体をつき出し、こうたんかを切るのだ。「お前さんも恨があると・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫