・・・は先日魯西亜の国教を蔑視すると云うので破門されたのである。天下の「トルストイ」を破門したのだから大騒ぎだ。或る絵画展覧会に「トルストイ」の肖像が出ているとその前に花が山をなす、それから皆が相談して「トルストイ」に何か進物をしようなんかんて「・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・吉里は受けてついでもらッて口へ附けようとした時、あいにく涙は猪口へ波紋をつくッた。眼を閉ッて一息に飲み乾し、猪口を下へ置いてうつむいてまた泣いていた。「本統でしょうね」と、吉里は涙の眼で外見悪るそうに西宮を見た。「何が」と、西宮は眼・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一つの花からスーと波紋がひろがる。こちらの花からもスーと。二つの波紋がひょっと触り合って、とけ合って、一緒に前より大きくひろがって行く。水の独楽、音のしない独楽。一心に眺め入っている子供の心はひき込まれ、波紋と一緒にぼうっとひろがる。何処か・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・そういう状態の時、人はすべてを沈黙のうちに自分の力で整理するか、さもなければあけすけに感情の動機までを話して、それによって解放されるか、二つに一つしかないもので、寿江子のように波紋だけを周囲に訴えて、根源をおしかくしているのは困ると思います・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・法隆寺の火事で壁画が滅茶滅茶にされたことは、人々に何となし生命あるものの蒙った虐待を感じさせ、ショックは大きく波紋をひろげた。更にこの法隆寺の火事からは、思いがけない毒まんじゅうがころげ出し、責任者である僧は、留置場でくびをつりそこなった。・・・ 宮本百合子 「国宝」
・・・いろんな闇も、闇をめぐる人心の波紋が生活感情の機微であると思う。日常の生活感情に一定の規格が単純に太い線で描きあてられている一方、それは体の上へ描かれた縞のように、縞をつけたまま人気はそれ自身の動きの方向と角度を示している。生きて寸刻も止ま・・・ 宮本百合子 「このごろの人気」
・・・トルストイという極めて強烈な生命力を発散させて生涯を終った一つの人間性が周囲に投げた波紋や、それから後急激に移り進んだロシアの歴史の変遷、それに対する貴族としてのトルストイ家の人々の動きかた、あらゆる複雑な世紀と人生の波濤をそこに感じるから・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・けれども、信じ安じるべきであるに拘らず、その不愉快さは依然としてドス黒いかたまりを、朗らかな胸中に一点の波紋を保って存在して居るのである。 馬琴もそうだったのかなと、思った。 そして、力を得たような淋しいような気がした。箇性の持って・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ そして、平らかな閑寂なその表面に、折々雫のようにポツリポツリと、家内の者達のことだの、自分のことだのが落ちて来ては、やがてスーと波紋を描いてどこかへ消えて行ってしまう。 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしてい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ これは破門の宣告状でございます、 陛下に―― お間違いだろうと存じます。法王 盲にも、目くされにもなって居らんでの。小姓はすくんだ様に下を向いてそこに立つ。法 馬の用意をいたいて呉れ。法王の供人一・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫