・・・「この墨は、灰墨じゃあないから、そんなにどろどろにはならないよ。半紙は?」「ここ」 私は、七歳で、真白い紙の端に墨の拇印をつけながら、抓んで半紙を御飯台の上に展げた。母は、傍から椎の実筆を執り池にぽっとりした! 岡でくるくる転し・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ 嫁の実家、又は養子の実家のいいと云う事は、なかなか馬鹿に出来ないものだのに、フラフラと出来心でこんな事をして、揚句は、見越しのつかない病気になんかかかられて、食い込まれる…… お君が半紙をバリバリと裂いた音に、お金の考えが途中で消・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・と、半紙に書いたヤスの手紙を見せた。面会させてくれと来たが、会わされないから返事だけ書けというのだ。警察備品らしい筆で、「国の父から電報が参りまして、すぐかえれ、帰らなければこれきり家へ入れないといってまいりました。まことにすみ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 口を利きながら、彼は持っている半紙大の紙へ頻りに筆を動かした。「なあに」「――ふむ」 やがて、「どう? 一寸似ているだろう」 彼が持って来たのを見ると、それは大神楽に見とれていたなほ子のスケッチであった。横を向いて・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ 母の生れた西村という家は佐倉の堀田家の藩士で、決して豊かな家柄ではなかったらしい。しかし葭江と呼ばれた総領娘である母の娘盛りの頃は、その父が官吏として相当な地位にいたために、おやつには焼きいもをたべながら、華族女学校へは向島から俥で通・・・ 宮本百合子 「母」
・・・祖父は進取の方の気質で、丁髷も藩士のうちでは早く剪った方らしく、或る日外出して帰った頭を見ればザンギリなのに気丈の曾祖父が激憤して、武士の面汚しは生かして置かぬと刀を振って向ったという有様を、祖母は晩年までよく苦笑して話した。開発のことが終・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・父は宇都宮の藩士であったが、維新後裁判所の書記を勤め、勇造が生れた時分は小さな呉服商を営んでいた。生れつき弱い赤坊であったことが書かれているが、兄妹について一筆も触れられていないところを見ると一人息子であったのだろうか。体の弱い勇造は高等小・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・初のは半紙の罫紙であったが、こん度のは紫板の西洋紙である。手の平にべたりと食っ附く。丁度物干竿と一しょに蛞蝓を掴んだような心持である。 この時までに五六人の同僚が次第に出て来て、いつか机が皆塞がっていた。八時の鐸が鳴って暫くすると、課長・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・誰やらの邸で歌の会のあったとき見覚えた通りに半紙を横に二つに折って、「家老衆はとまれとまれと仰せあれどとめてとまらぬこの五助哉」と、常の詠草のように書いてある。署名はしてない。歌の中に五助としてあるから、二重に名を書かなくてもよいと、すなお・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ いちは起きて、手習いの清書をする半紙に、平がなで願書を書いた。父の命を助けて、その代わりに自分と妹のまつ、とく、弟の初五郎をおしおきにしていただきたい、実子でない長太郎だけはお許しくださるようにというだけの事ではあるが、どう書きつづっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫