・・・ 古座谷さん、この繁昌りようは、実際わしの思いつきには……」 さすがに驚きはしたが、しかし、何といっても、繁昌った原因は、おれの宣伝のやり方が堂に入っていたからだ。 いかにおれが宣伝の才にめぐまれていたかは、いずれ後ほど詳しく述べる・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 場所がいいのか、老舗であるのか、安いのか、繁昌していた。「珈琲も出したらどうだね。ケーキつき五円。――入口の暖簾は変えたらどうだ、ありゃまるでオムツみたいだからね」 私は出資者のような口を利いて「千日堂」を出た。「チョイチ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ 餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているので・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ここの町よりただ荒川一条を隔てたる鉢形村といえるは、むかしの鉢形の城のありたるところにて、城は天正の頃、北条氏政の弟安房守氏邦の守りたるところなれば、このあたりはその頃より繁昌したりと見ゆ。 寄居を出離れて行くこと少時にして、水の流るる・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど、一切の便利は備わりありて商家の繁盛云うばかり無し。客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・三代もかかって築きあげた一家の繁昌もまことに夢の跡のようであった。その時はお三輪も胸が迫って来て、二度とこんな焼跡なぞを訪ねまいと思った。その足でお三輪は芝公園の休茶屋の方へも寄って来たが、あの食堂もまだ開業の支度最中であった。新七、お力夫・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・芹川さんのお家は、私の家の、すぐ向いで、ご存じでしょうかしら、華月堂というお菓子屋がございましたでしょう、ええ、いまでも昔のまま繁昌して居ります、いざよい最中といって、栗のはいった餡の最中を、昔から自慢にいたして売って居ります。いまはもう、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・かわり合ったから、こんな、とりかえしのつかないからだになってしまった、と口々に私を罵り、そうして私にやたらと用事を言いつけてこき使い、店は私の努力のため、と敢えて私は言いたいのです、そのために少しずつ繁昌して、屋台を二つくっつけたくらいの増・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・脱走、足袋はだしのまま、雨中、追われつつ、一汁一菜、半畳の居室与えられ、犬馬の労、誓言して、巷の塵の底に沈むか、若しくは、とても金魚として短きいのち終らむと、ごろり寝ころび、いとせめて、油多き「ふ」を食い、鱗の輝き増したるを紙より薄き人の口・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫