・・・御承知でもあろうが、筮と云う物は、一爻に三変の次第があり、一卦に十八変の法があるから、容易に吉凶を判じ難い。そこはこの擲銭卜の長所でな、……」 そう云う内に香炉からは、道人の燻べた香の煙が、明い座敷の中に上り始めた。 ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ それから、半時ばかり後である。了哲は、また畳廊下で、河内山に出っくわした。「どうしたい、宗俊、一件は。」「一件た何だ。」 了哲は、下唇をつき出しながら、じろじろ宗俊の顔を見て、「とぼけなさんな。煙管の事さ。」「うん・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教誨師等は四十八時間熟睡したそうである。その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。 ついでに蟹の死んだ・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教通り、何とも返事をしずにいました。 ところが又暫くす・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ それから半時もたたない内に、あの夫婦はわたしと一しょに、山路へ馬を向けていたのです。 わたしは藪の前へ来ると、宝はこの中に埋めてある、見に来てくれと云いました。男は欲に渇いていますから、異存のある筈はありません。が、女は馬も下りずに、・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 立花は、座敷を番頭の立去ったまで、半時ばかりを五六時間、待飽倦んでいるのであった。(まず、可 と襖に密と身を寄せたが、うかつに出らるる数でなし、言をかけらるる分でないから、そのまま呼吸を殺して彳むと、ややあって、はらはらと衣の・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・気が気でないのは、時が後れて驚破と言ったら、赤い実を吸え、と言ったは心細い――一時半時を争うんだ。もし、ひょんな事があるとすると――どう思う、どう思う、源助、考慮は。」「尋常、尋常ごとではござりません。」と、かッと卓子に拳を掴んで、・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新に大審院の判事に任ぜられると直ぐに暑中休暇になったが、暑さが厳しい年であったため、痩せるまでの煩いをしたために、院が開けてからも二月ばかり病気びきをして、静に療養をしたので、このごろ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後に、その唇の、幽冥の境より霞一重に暖かいように莞爾した時、小児はわなわなと手足が震えた。同時である。中仕切の暖簾を上げて、姉さ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫