・・・と答えたのは男らしい。三人は無言のまま顔を見合せて微かに笑う。「あれは画じゃない、活きている」「あれを平面につづめればやはり画だ」「しかしあの声は?」「女は藤紫」「男は?」「そうさ」と判じかねて髯が女の方を向く。女は「緋」と賤しむごとく答え・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・以上を総括して今後の日本人にはどう云う資格が最も望ましいかと判じてみると、実現のできる程度の理想を懐いて、ここに未来の隣人同胞との調和を求め、また従来の弱点を寛容する同情心を持して現在の個人に対する接触面の融合剤とするような心掛――これが大・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・死したる人の蘇る時に、昔しの我と今の我との、あるは別人の如く、あるは同人の如く、繋ぐ鎖りは情けなく切れて、然も何等かの関係あるべしと思い惑う様である。半時なりとも死せる人の頭脳には、喜怒哀楽の影は宿るまい。空しき心のふと吾に帰りて在りし昔を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・見物人はわれわれ位の紳士だけれども、何だか妙な、絵かきだか何だか妙な判じもののような者や、ポンチ画の広告見たような者や、長いマントを着て尖ったような帽子を被った和蘭の植民地にいるような者や、一種特別な人間ばかりが行っている。絵もそういう風な・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・わたしのほうがよほど大きいと、きのうも判事さんがおっしゃったじゃないか。」「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」「押しっこのえらいひとだよ。押しっこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言っ・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・「私どもはあなたの部下です。判事や検事やなんかです。」「そうですか。それでは私はここの主人ですね。」「さようでございます。」 こんなような訳でペンネンネンネンネン・ネネムは一ぺんに世界裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ そこで判事や検事は、事件を社会問題としての面で強調して、生活苦ということを主張なさったわけです。けれども、どなたかふれられたように本人は生活苦じゃないといっているんです。そうすれば、あの殺した動機というのは、率直に申しますとつまりやけ・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・若い時代に大変苦心して大学教育をうけ、判事試補にまでなったのだが、当時ビスマークを首相として人民を圧迫していたウィルヘルム二世の官吏として人民に対することは、自分の良心にそむくことを知って、職をすて、改めて左官屋の仕事を学んだ。左官屋といっ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・保釈の際、判事は二・二六による戒厳令下の事情によって百合子の公判が終了するまで顕治への面会通信は控えるようにといった。 六月二十六日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 二十六日の夜。九時 第一信[自注2] 今・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・闇買いをしないために営養失調から死んだ判事の問題が新聞に報じられているし「葦折れぬ」という一冊の本は、闇買いをわるいこととして絶対にそれをしないで病死した一人の若い女教師の手記である。クリスチャンということをこの頃強調する片山首相夫人は、営・・・ 宮本百合子 「再版について(『私たちの建設』)」
出典:青空文庫