・・・綱利は奇特の事とあって、甚太夫の願は許したが、左近の云い分は取り上げなかった。 求馬は甚太夫喜三郎の二人と共に、父平太郎の初七日をすますと、もう暖国の桜は散り過ぎた熊本の城下を後にした。 一 津崎左近は助太・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・……さりながら愛によってつまずいた優しい心を神は許し給うだろう。私の罪をもまた許し給うだろう」 かくいってフランシスはすっと立上った。そして今までとは打って変って神々しい威厳でクララを圧しながら言葉を続けた。「神の御名によりて命ずる・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・A 許してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌いなんだ。何日だっけ北海道へ行く時青森から船に乗ったら、船の事務長が知ってる奴だったものだから、三等の切符を持ってるおれを無理矢理に一等室に入れたんだ。室だけならまだ可いが、食事の時間になった・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ ええ、男に許したのではない。 自分の腹を露出したんです。 芬と、麝香の薫のする、金襴の袋を解いて、長刀を、この乳の下へ、平当てにヒヤリと、また芬と、丁子の香がしましたのです。」…… この薙刀を、もとのなげしに納める時は・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ あってみない前の思いほどでなく、お光さんもただ懇切な身内の人で予も平気なればお光さんも平気であったに、ただ一日お光さんは夫の許しを得て、予らと磯に遊んだ。朝の天気はまんまるな天際の四方に白雲を静めて、洞のごとき蒼空はあたかも予ら四人を・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ こう話しながらも、吉弥はたッた今あったことを僕が知っているとは思わないので、十分僕に気を許している様子であった。僕は、吉弥とお袋との鼻をあかすために、すッぱり腹をたち割って、僕の思いきりがいいところを見せてやりたいくらいであったが、し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳は何処にもいる処がないので、目鏡の工事の監督かたがた伝法院の許しを得て山門に住い、昔から山門に住ったものは石川五右衛門と俺の外にはあるまいと頗る得意になっていた。或人が、さぞ不自由でしょうと訊いたら、何にも不自由はないが毎朝虎子を棄てに・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その話は長いけれどもここにあなたがたに話すことを許していただきたい。カーライルがこの書を著わすのは彼にとってはほとんど一生涯の仕事であった。チョット『革命史』を見まするならば、このくらいの本は誰にでも書けるだろうと思うほどの本であります。け・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「わたしは、どんなにでも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られてゆくことは、許してくださいまし。」といいました。 しかし、もはや、鬼のような心持ちになってしまった年寄り夫婦は、なんといっても、娘のいうことを聞き入れませんでした。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・それで、紀代子ははじめて豹一を好きになる気持を自分に許した。 一週間経ったある日、八十二歳の高齢で死んだという讃岐国某尼寺の尼僧のミイラが千日前楽天地の地下室で見世物に出されているのを、豹一は見に行った。女性の特徴たる乳房その他の痕跡歴・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫