・・・がギリシアの「海の化けもの」ktos に通じ、「けだもの」、「気疎い」にも縁がなくはない。 話は変わるが二三日前若い人たちと夕食をくったとき「スキ焼き」の語原だと言って某新聞に載っていた記事が話題にのぼった。維新前牛肉など食うのは禁・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・わたくしは枯蘆の中から化けて出た狐のような心持がして、しげしげと女の顔を見た。 電線の鳴る音を先立てて、やがて電車が来る。洋服の男が二人かけ寄って、ともどもに電車に乗り込む。洲崎大門前の終点に来るまで、電車の窓に映るものは電柱につけた電・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・なおわがままを云い募ればこれが電車にも変化し自動車または飛行器にも化けなければならなくなるのは自然の数であります。これに反して電車や電話の設備があるにしても是非今日は向うまで歩いて行きたいという道楽心の増長する日も年に二度や三度は起らないと・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・お前さんたちがどんなに田舎者見てえな恰好をしてたって、番頭に化けたって、腰弁に化けて居たって、第一、おめえさんなんぞ、上はアルパカだが、ズボンがいけねえよ。晒しでもねえ、木綿の官品のズボンじゃねえか。第一、今時、腰弁だって、黒の深ゴムを履き・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・すると高ちャんという子の声で「年ちャんそんなに打つと化けるよ化けるよ」とやや気遣わしげにいう。今年五つになる年ちャんという子は三人の中の一番年下であるが「なに化けるものか」と平気にいってまた強く打てば猫はニャーニャーといよいよ窮した声である・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・松のいっぱい生えてるのもある、坊主 山男はひとりでこんなことを言いながら、どうやら一人まえの木樵のかたちに化けました。そしたらもうすぐ、そこが町の入口だったのです。山男は、まだどうも頭があんまり軽くて、からだのつりあいがよくないとおもい・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・「あげえ業の深けえ婆、世話でも仕ずに死なしたら、忘れっこねえ、きっと化けて出よるぜ」 沢や婆は、幸死なずに治れた。が、すっかり衰えた。憎たらしい、横柄な口も利かなくなった。いずれにせよ、仙二はこの経験で、彼女を隣人として持つことは、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
七月○日 火曜日 散歩。 F子洗髪を肩に垂らしたまま出た。水瓜畑の間を通っていると、田舎の男の児、 狐の姐さん! 化け姐さん!と囃した。 七月○日 水曜日 三時過から仕度をし、T・P・W倶楽部・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・燃木の火花が散ってか、大小の焼っこげがお化けの眼玉の様にポカポカとあいて居る。 上り框に近い方に大きく切った炉には「ほだ」がチロチロと燃えて、えがらっぽい灰色の煙が高い処をおよいで居る。畳の隅の「みかん箱」の様なものの上に、水銀のはげた・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・耶蘇は表面姿を消しているが、しかし異学に姿を変じて活躍している、あたかも妖狐の化けた妲己のようである、というのである。その文章は実に陰惨なヒステリックな感じを与える。少しでも朱子学の埒の外に出て、自由に物を考える人は、耶蘇の姿を変じたものと・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫