・・・自己を保護せずしてかえって自己を棄てたる俗世俗人に対してすら、彼は時に一、二の罵詈を加うることなきにしもあらねど、多くはこれを一笑に付し去りて必ずしも争わざるがごとし。「独楽」の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりしときたのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてて食せけるときたのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時 多言するを須いず、これらの歌が曙覧ならざる人の口・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・四十近くでは若旦那でもない訳だが、それは六十に余る達者な親父があって、その親父がまた慾ばりきったごうつくばりのえら者で、なかなか六十になっても七十になっても隠居なんかしないので、立派な一人前の後つぎを持ちながらまだ容易に財産を引き渡さぬ、そ・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・そうすれば其棺は非常に窮屈な棺で、其窮屈な所が矢張り厭な感じがする。 スコットランドのバラッドに Sweet William's Ghost というのがある。この歌は、或女の処へ、其女の亭主の幽霊が出て来て、自分は遠方で死だという事を知・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ただあの文章はいくらか書き様に善くない処があって徒らに人を罵詈したように聞こえたのは甚だ面白くなかった。しかし仲間同志の悪口をいうたという事については、予は何処までも責任を帯びておる。元来悪口をつく事は善くない事であるが、去りとて陰でばかり・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 流されるのは、たしかにやせたひばりの子供です。ホモイはいきなり水の中に飛び込んで、前あしでしっかりそれをつかまえました。 するとそのひばりの子供は、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、まるでホモイのお耳もつんぼにな・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。 まもなくみんなははきものを下駄箱に入れて教室へはいって、ちょうど外へならんだときのよ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「汝など悪戯ばりさな、傘ぶっこわしたり。」「それからそれから。」三郎はおもしろそうに一足進んで言いました。「それがら木折ったり転覆したりさな。」「それから、それからどうだい。」「家もぶっこわさな。」「それから。それか・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「汝などぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊したり。」「それから? それから?」又三郎は面白そうに一足進んで云いました。「それがら、樹折ったり転覆したりさな。」「それから? それから、どうだい。」「それがら、稲も倒さな。」「それ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ペねずみが、たくさんとうもろこしのつぶをぬすみためて、大砂糖持ちのパねずみと意地ばりの競争をしていることでも、ハねずみヒねずみフねずみの三匹のむすめねずみが学問の競争をやって、比例の問題まで来たとき、とうとう三匹とも頭がペチンと裂けたことで・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
出典:青空文庫